フィアンセになりたい 3

 

 少し肌寒い朝。

 透けるような空気の中で、アーロンは目覚める。

 その肌を掠める冷気に、物寂しい感覚を受け、自分の隣を見遣る。



 一定の呼吸を刻む、綺麗な、綺麗な寝顔。



 少し安心すると、その隣に擦り寄るように肩を寄せる。

「・・・おはよう」

 耳元で囁くように響く、ブラスカの声。

「・・・すいません、起こしてしまいましたか?」

「いや、もう起きないといけないからね」

 すまなさそうに、自分を見詰める『恋人』の頭を優しく引き寄せる。



 初めて、お互いの本当の気持ちを確認してから迎える夜明けだった。



「聞いたか!?あの『ザナルカンドから来た男』!!」

「ああ、まただってな!!」

 交代前の僧兵達がこぞって囃し立てていた。

 そんな噂場に、当の男を取り押さえた本人が入ってきたものだから、僧兵達は蜜に群がる蟻のように一気にアーロンを取り囲んだ。

「きいたか、アーロン!!」

「あの男、ついさっきも脱走を図ったそうだぜ!!」

 アーロンの眉根がピクリと動く。

「あの男・・・?」

「例の『ザナルカンドの男』だよ!!」

 できるだけ、表情に出さないように心掛けながら、言葉を続けた。

「・・・脱走?で、今は・・?」

「それがさぁ!!あの『ブラスカ様』が取り押さえたらしいぜ!」

「・・・何だって・・・?」

 寝耳に水だった。

「ブラスカ様って、昨日ベベルを退出して、従召喚士になったんだろ?」

「僧官としてはどうかと思うけど、あの人の魔力はすげぇよなぁ・・・あれ、アーロン・・」

 僧兵の言葉が全部終わらない内に、アーロンはその場から駆け出していた。



 あの二人が出逢う。

 アーロンにとっては、最悪の出来事であった。



 拘置所の入り口で、アーロンはブラスカの姿を見つけると、更に勢いを増して傍に駆け寄る。

「ブラスカ様!!」

「ああ、アーロン・・・どうしてここに?」

 ほんの少し乱れた呼吸を整えると、先ほど耳にした話題を伝える。

「情報が速いね、今、その男にもう一度会ってきたんだよ・・・」

 アーロンの心臓が早鐘を打つ。

「・・・何故、ですか?」

「あの男、とても腕が立つんだよ。」

「・・・はい。」

 ブラスカの言葉の続きに最悪なパターンを想像し、慌てて掻き消す。

「私の旅には、全くの猶予がないからね・・・」

「ブラスカ様、まさか・・・」

 アーロンは祈った。

「彼に、ガードになる気はないか、尋ねてみた」

「何ですって!!」

 ブラスカの言葉に被せるように、アーロンは叫んでいた。思わず、自分の声にはっとなる。

「・・・アーロン?」

「す・・・すいません、で、その男は、何て・・?」

 出来るだけ、ブラスカにはあの男と会って欲しくはなかった。

 もし、あの男の口から『あの時』のことが漏れてしまったら・・・。

 静かにブラスカが微笑む。

「ザナルカンドに行けるなら、と言って、承諾してくれたよ。」

「・・・!!」



 拘置所の扉が開く。

 一番見たくない、鋭い視線がこちらに向けられる。

 アーロンは、目の前が真っ暗になった気がした。

「よう、また逢ったなぁ!」

 不敵な笑みを浮かべて、男は片手をアーロンに向かって上げる。

「ジェクト、さっき話した、もう一人のガードのアーロンだ」

 心臓の音が、今にもブラスカに聞こえてしまうのではないかと思う程、アーロンの鼓動は不安に苛まれていた。

「ま、これからもヨロシクな!」

 ジェクトと呼ばれた男は、アーロンの肩をポンと叩く。

 一瞬、身体が強張る。

「・・・ああ・・・」

 それだけ応えるのが、アーロンの精一杯だった。

「取り合えず、私の家まで行こうか?」

「・・・・・あ、俺は今から・・警備なので・・・」

「そう、じゃあ終わったら来るといいよ」

「・・・はい・・・。」

 その場を離れて行く二人の姿を見送りながら、アーロンは、自分達の旅の行く末に渦巻く不安を抑え切れなかった。



「で、これからどーすんだ?」

 卓上のグラスを早々に飲み干すと、ジェクトはブラスカを上目遣いに見る。

「まぁ、今は従召喚士の身だからね。一日も早く『祈り子様』にお会いして、召喚士になってからだよ。」

 よく分からない言葉の羅列に、ジェクトは首を傾げる。

「なんだかよくわかんねぇが、とにかく出発は少し先ってぇことか?」

 涼しげな笑みを称えながら、ブラスカは向かいの席に着いた。

「・・まあ、そんなところだ」

 ふーん、と鼻で納得しながら、もう一杯、瓶からグラスに酒を注ぐ。

やるか?とグラスを差し出すが、ブラスカは微笑混じりにそれを軽く掌で制した。

「で、その間、俺様はどうしてりゃいいんですかね?召喚士さま、よ」

 皮肉なのか、よく判っていないのか、アーロンが聞いたら怒るだろうな、と心の底で苦笑する。

「取り合えず、力の温存でもしておいてもらおうかな?」

「つまりは、ヒマってこったな!!」

 ジェクトは高らかに笑いながら、益々酒を仰ぐ。



 コンコン

 規則正しいノックの音が響く。

「ああ、アーロンが来たみたいだ。失礼するよ」

 ブラスカは席を立つと、ゆっくりと入り口に歩み寄った。

 扉に手を掛ける後姿を眺めながら、ジェクトは、彼に聞こえない程度の呟きを、そっと洩らす。



「んじゃその間に、もう一人のガードさんと親睦でも深めっかねぇ・・・」



 三本の糸は交差した

 些細な絡まりが、抜け出せない蜘蛛の網目のように、三人を翻弄するのは

 近い未来のこと












scince 4 Nov.2001












いいのか?昼メロ・・・(砂吐)

大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。

 

 

 

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