少し肌寒い朝。
透けるような空気の中で、アーロンは目覚める。
その肌を掠める冷気に、物寂しい感覚を受け、自分の隣を見遣る。
一定の呼吸を刻む、綺麗な、綺麗な寝顔。
少し安心すると、その隣に擦り寄るように肩を寄せる。
「・・・おはよう」
耳元で囁くように響く、ブラスカの声。
「・・・すいません、起こしてしまいましたか?」
「いや、もう起きないといけないからね」
すまなさそうに、自分を見詰める『恋人』の頭を優しく引き寄せる。
初めて、お互いの本当の気持ちを確認してから迎える夜明けだった。
「聞いたか!?あの『ザナルカンドから来た男』!!」
「ああ、まただってな!!」
交代前の僧兵達がこぞって囃し立てていた。
そんな噂場に、当の男を取り押さえた本人が入ってきたものだから、僧兵達は蜜に群がる蟻のように一気にアーロンを取り囲んだ。
「きいたか、アーロン!!」
「あの男、ついさっきも脱走を図ったそうだぜ!!」
アーロンの眉根がピクリと動く。
「あの男・・・?」
「例の『ザナルカンドの男』だよ!!」
できるだけ、表情に出さないように心掛けながら、言葉を続けた。
「・・・脱走?で、今は・・?」
「それがさぁ!!あの『ブラスカ様』が取り押さえたらしいぜ!」
「・・・何だって・・・?」
寝耳に水だった。
「ブラスカ様って、昨日ベベルを退出して、従召喚士になったんだろ?」
「僧官としてはどうかと思うけど、あの人の魔力はすげぇよなぁ・・・あれ、アーロン・・」
僧兵の言葉が全部終わらない内に、アーロンはその場から駆け出していた。
あの二人が出逢う。
アーロンにとっては、最悪の出来事であった。
拘置所の入り口で、アーロンはブラスカの姿を見つけると、更に勢いを増して傍に駆け寄る。
「ブラスカ様!!」
「ああ、アーロン・・・どうしてここに?」
ほんの少し乱れた呼吸を整えると、先ほど耳にした話題を伝える。
「情報が速いね、今、その男にもう一度会ってきたんだよ・・・」
アーロンの心臓が早鐘を打つ。
「・・・何故、ですか?」
「あの男、とても腕が立つんだよ。」
「・・・はい。」
ブラスカの言葉の続きに最悪なパターンを想像し、慌てて掻き消す。
「私の旅には、全くの猶予がないからね・・・」
「ブラスカ様、まさか・・・」
アーロンは祈った。
「彼に、ガードになる気はないか、尋ねてみた」
「何ですって!!」
ブラスカの言葉に被せるように、アーロンは叫んでいた。思わず、自分の声にはっとなる。
「・・・アーロン?」
「す・・・すいません、で、その男は、何て・・?」
出来るだけ、ブラスカにはあの男と会って欲しくはなかった。
もし、あの男の口から『あの時』のことが漏れてしまったら・・・。
静かにブラスカが微笑む。
「ザナルカンドに行けるなら、と言って、承諾してくれたよ。」
「・・・!!」
拘置所の扉が開く。
一番見たくない、鋭い視線がこちらに向けられる。
アーロンは、目の前が真っ暗になった気がした。
「よう、また逢ったなぁ!」
不敵な笑みを浮かべて、男は片手をアーロンに向かって上げる。
「ジェクト、さっき話した、もう一人のガードのアーロンだ」
心臓の音が、今にもブラスカに聞こえてしまうのではないかと思う程、アーロンの鼓動は不安に苛まれていた。
「ま、これからもヨロシクな!」
ジェクトと呼ばれた男は、アーロンの肩をポンと叩く。
一瞬、身体が強張る。
「・・・ああ・・・」
それだけ応えるのが、アーロンの精一杯だった。
「取り合えず、私の家まで行こうか?」
「・・・・・あ、俺は今から・・警備なので・・・」
「そう、じゃあ終わったら来るといいよ」
「・・・はい・・・。」
その場を離れて行く二人の姿を見送りながら、アーロンは、自分達の旅の行く末に渦巻く不安を抑え切れなかった。
「で、これからどーすんだ?」
卓上のグラスを早々に飲み干すと、ジェクトはブラスカを上目遣いに見る。
「まぁ、今は従召喚士の身だからね。一日も早く『祈り子様』にお会いして、召喚士になってからだよ。」
よく分からない言葉の羅列に、ジェクトは首を傾げる。
「なんだかよくわかんねぇが、とにかく出発は少し先ってぇことか?」
涼しげな笑みを称えながら、ブラスカは向かいの席に着いた。
「・・まあ、そんなところだ」
ふーん、と鼻で納得しながら、もう一杯、瓶からグラスに酒を注ぐ。
やるか?とグラスを差し出すが、ブラスカは微笑混じりにそれを軽く掌で制した。
「で、その間、俺様はどうしてりゃいいんですかね?召喚士さま、よ」
皮肉なのか、よく判っていないのか、アーロンが聞いたら怒るだろうな、と心の底で苦笑する。
「取り合えず、力の温存でもしておいてもらおうかな?」
「つまりは、ヒマってこったな!!」
ジェクトは高らかに笑いながら、益々酒を仰ぐ。
コンコン
規則正しいノックの音が響く。
「ああ、アーロンが来たみたいだ。失礼するよ」
ブラスカは席を立つと、ゆっくりと入り口に歩み寄った。
扉に手を掛ける後姿を眺めながら、ジェクトは、彼に聞こえない程度の呟きを、そっと洩らす。
「んじゃその間に、もう一人のガードさんと親睦でも深めっかねぇ・・・」
三本の糸は交差した
些細な絡まりが、抜け出せない蜘蛛の網目のように、三人を翻弄するのは
近い未来のこと
scince 4 Nov.2001
いいのか?昼メロ・・・(砂吐)
大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。
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