フィアンセになりたい 8

 

「・・・アーロン・・・・・」

 ジェクトの熱っぽい声が耳元を擦り抜けて行く。

 その熱に苛まれながら、アーロンは意識を失った。



 眼が覚めると、空が白み、明けの明星が輝いていた。

 自分が凭れ掛かっている左半身から、心地よい温かさが伝わってくる。

「・・・・よう・・」

 その声に、弾かれたようにその温もりから身を離した。

 岩壁に凭れながら、ジェクトは軽く左手を上げる。

 その瞳はいつもの様な悪戯っぽさはなく、何処か真摯な輝きを秘めていた。

「・・・ジェク・・ト・・・」

 アーロンは思わず自分の衣の前を掻き合わせる。

 全身に残る鈍い感覚は、昨夜の出来事が現実であることを容赦なく突き付けて来る。



 何故、拒み切れなかったのか?



 口籠るアーロンを、ジェクトが抱き寄せた。

「・・・ジェ・・ク・・ト・・・」

 押しのけようとその肩に手を掛けるが、何故か力が入らなかった。



 何故、突っ撥ねることが出来ないのか?



「・・・・すまん・・・・・突っ走っちまった・・・」

 肩に回された手が大きくて、心地よい。

「・・その・・ツラないか・・・?」

 アーロンの表情は瞬時に朱に染まる。



 昨夜の自分は今までにない程に、その行為に溺れてしまっていた。

 正直、ブラスカとのセックスに、あそこまで感じたことは無かった。

 ブラスカとの行為は決して嫌ではない。

 だが、ジェクトが自分を侵食する度に、今までにない快感を覚えたのは事実であった。



 その感覚を必死で掻き消す。

「・・・もう・・・戻らないと・・・」

 アーロンはジェクトの腕から擦り抜けると、目線を合わせない様に立ち上がり、身形を整え始めた。

 泥だらけの手足と、泥だらけの衣。

 ブラスカに見られれば、不振に思われるのは必須であった。



 自分は、ブラスカを裏切った。

 しかも、その裏切り行為に自分を見失う程に溺れて。



 アーロンはその場から足を進めた。



「アーロン!」

 その声に反射的に振り返ってしまう。

 昇り行く太陽の様な眼差しが、自分を捕らえる。



「好きだぞ」



 心が鷲摑みにされる。



「・・・順番が・・・違う・・」

 もうジェクトを見ることが出来ずに、その場を走り去るしか無かった。



 宿に戻ると、真っ先にバスへ向かう。

 衣服もそのままに、流れる熱湯を全身に浴びた。

 流れ落ちる泥を見下ろしながら、アーロンは、泣いた。

 何が悲しいのか、判らない。

 それでも涙は止まらなかった。



 すっかりずぶ濡れになった衣服を脱ぎ落とし、直肌に水滴が跳ねる。

 両掌で顔を覆い、そのまま額に掛かる前髪を掻き上げた。

 降り注ぐ水流を顔面に浴びながら、アーロンは己の心を探る。



 ジェクトのことが好きだと思う。

 だが、

 ブラスカのことも変わらず想っている。

 この想いは、何処に向かっているのか?



 何かを思い立った様に、アーロンは真正面を見据える。



 夜着を羽織り、バスルームの扉を開くと、思いがけない姿が視界に飛び込んでくる。

「・・・ブラスカ様・・・」

「おはよう」

 いつもと変わらない、穏やかな微笑み。

 この表情が堪らなく好きだと、アーロンは改めて思い知らされる。

「君が朝からシャワーを使うなんて、珍しいね」

 一瞬、ドキっとする。

 ブラスカには、絶対に知られたくない。

 以前、ジェクトに強引に唇を奪われた時にも、同じ思いがあったが、今回のことは訳が違う。

 拒もうと思えば、拒めたのだ。

「・・・顔色が、良くないね?」

 その声に、我に返る。

「い、いえ・・・大丈夫です!」

「・・・・無理は、よくない」

 そうブラスカは囁くと、アーロンの頬に優しく手を伸ばした。

 触れる指が暖かくて心地よい、が、同時に後ろめたい。

「・・・今日は、ここで休むといい」

「・・・ダメです、ブラスカ様!!俺のせいでまたブラスカ様の足を引っ張って・・・」

 そう言い掛けたアーロンを、ブラスカはそっと抱き寄せる。

「・・お願いですから、君はもっと自分を大事にしてください」

 その言葉が、益々アーロンを切なくさせる。



「・・・もっと、素直になっていいのですよ?」



 ブラスカの言っていることが、アーロンにはよく理解出来なかった。



 アーロンを寝台に寝かせると、

「また、後で来ますから」

 そう微笑んで、ブラスカは部屋を後にした。



 その足取りは、躊躇うことなく目的の場所へと真っ直ぐ進んでいった。







 動かす力

 動く力

 衝動と静寂



 賽は投げられた


















scince 22 Mar.2002












あぁ、もう砂吐く・・・
ベタベタな展開へと・・・(笑)
そして、ブラスカ様始動。

大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。

 

 

 

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