コンコン
小さく、だが、重く響くノックの音。
「・・・入りますよ」
ブラスカは中の返事を待たずに扉を開けた。
室内には人影は無く、奥のバスルームから水音が響いている。
寝台の上に脱ぎ散らかされた衣服から流れてくる、湿った空気と土の香りに眉を顰めた。
暫し無言で一点を見詰めていると、水音が止まる。
バスルームの扉に視界を移すと、キィ、と木の扉が開かれた。
「・・・お・・・なんでぃ・・・」
一瞬、驚いた表情を見せるが、ジェクトはすぐさまいつもの小憎らしい笑みを浮かべた。
「勝手にお邪魔してます」
ブラスカもいつもの綺麗な微笑みを浮かべる。
ジェクトは寝台の脇に置いたグラスに酒を注いで、軽く喉に流し込んだ。
「・・・で、なんか話すんだよなぁ?」
「・・・えぇ、察しが良くて助かりますよ」
湿った髪をゴシゴシとタオルで拭き取りながら、ジェクトは寝台に散らかった衣服を面倒臭そうに纏め、部屋の隅に置かれた籠に放り込んだ。
「・・・んで?」
空いた寝台にどかっと腰を下ろすと、タオルの隙間からチラ、とブラスカを見遣る。
「・・・・私から言った方がいいですか・・・?」
ジェクトは心内で舌打ちする。
この男は全てを知っているであろう。
それでも、自分の本音を語ろうとしない。
相手の手の内だけ探って、自分の駒は見せない。
ブラスカのそんな処が、ジェクトは羨ましくもあり、嫌いでもあった。
「なんのことだ?」
わざとジェクトは、いつものブラスカのように惚けてみせる。
「・・・・ふふ・・」
ブラスカの口元は笑みを作るが、その視線は安らいではいなかった。
「・・・ま、アンタにゃ黙っててもバレちまうしなぁ」
苦笑いしながら俯いたジェクトは、再び髪の毛をゴシゴシ擦ると、そのタオルも籠に投げ込んだ。
そのまま目線をブラスカと噛み合わせる。
「・・・・アーロンを、抱いた」
一瞬、ブラスカの瞳が細められる。
本音を憚ることなく語る男。
世の中は、正直者ほど痛い目を見るものである。
だがこの男は、その明け広げた心が故に、欲しいものを掴み取る。
ブラスカは、ジェクトのそんな処が嫉ましくもあり、好感を懐くのでもあった。
「・・・・ま、合意の上、かどうかアヤシいトコだがな」
笑っているのか、悔いているのか、ジェクトの表情はどちらとも読み取れる。
「・・・・あの子の意思ならば、責める気はありません・・・」
ブラスカの声は、いつもと同じように落ち着いたトーンに感じた。
「・・・私は、あの子には幸せになって欲しいのですから」
ジェクトの舌打ちが、シン・・とした室内に響く。
「おめーのそーいうトコが、ムカツクんだよ・・・・・」
寝台から立ち上がったジェクトは、ブラスカの真正面に歩み寄る。
「欲しいモンを欲しいって言えねぇなんてよぉ・・・ガキじゃねーか?」
ジェクトの言動が、ブラスカを動かす。
今まで、自分にここまで食い下がる者は居なかった。
腹の底から、ぶちまけてみようか?
ブラスカは静かに口を開く。
「欲しいものを欲しいと言って取っている方が、よっぽど我が侭な子供でしょう?」
ふふ、と含みのある笑いを、ブラスカは漏らした。
「貴方のそういう単純な考え方が、イライラしますよ・・・・」
そのブラスカの言葉に、ジェクトは微かに安堵した。
この男が本気を出して来た。
もう、遠慮はいらないだろう、と。
「ちぃと前に、『遠慮する義理はない』って言ったよなぁ?』
ぶつけてこい。
「私は『欲は捨てきれない』と言ったつもりですが?」
いいでしょう。
「好きだけでは、どうにもならないものがあります・・・感情だけでは生きて行けないのです」
「だからって、今のアーロンを突き放すことが出来るってぇのか?タダのオトモダチに戻るってか?」
真正面から、正々堂々と勝ち取りたい。
「ごたくばっか並べてっても、確実なモノなんてねぇんだよ」
「それでは、身体を繋げば完璧になるんですか?違うでしょう?」
どこまで守り抜けるのか、判らない。
「愛していても幸せにしてやれないと判っているものに、縋り付けというのですか?」
「なんで決め付ける?なんかあるかもしんねぇんだ!それを探そうとしねぇから・・・っ」
ちゃんと、言ってやれよ。
「アンタ・・・アイツを不安なカオばっかさせて、ちっとも笑わせてねぇ・・・!」
ブラスカの言葉が、止まる。
「最後まで、自分の傍に居ろって言っちまえば、アイツは・・・オレなんかに動かなかったんだよ!!」
たった一言。
「シアワセになんか、オレにだって出来ねぇかもしれない・・・・」
ジェクトは思わずブラスカの肩口に手を掛け、衣を引く。
「・・・それでも、アイツは傍にいれば嬉しいんだろーよ・・・!!」
ブラスカを突き放すようにジェクトは腕を下ろすと、そのまま部屋を後にした。
「・・・ふふ・・・」
取り残された自分に、思わず渇いた笑いが漏れる。
呆れるほど、我が侭になればよかったのだろうか?
今のブラスカには、もう判っていたのかもしれない。
そして、無意識にそれに終止符を打ちたいが故、ジェクトを焚き付けたのかもしれない。
別れる気になれないまま、不安だけを悪戯にぶつけ合って、今日まで生きてきた。
「・・・いつも、泣かせることしか出来ませんでしたね・・・・・」
アーロンにとって、自分は最低な恋人でしかなかったのだ。
言葉より確かなもの
身体より曖昧なもの
探し続けながら
掠り傷が増えてゆく
scince 9 May.2002
今回、ジェクトの勝ち?
そして、ベタベタな展開へと・・・(笑)
しかし、アナザーは変えます
大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。
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