「では、担当さんにお会いしてきますので・・・。」
柔らかな微笑みを浮かべながら、ブラスカはエレベーターの向こうへと消えていった。
残されたアーロンとジェクトは、その後姿を見送った。
ブラスカがベベル社を退社して数ヶ月。
ジェクトの強い要望と、ブラスカの希望もあり、とにかくザナルカンド社に一歩でも近付いてゆくことが当面の目的となっている。
全国各地に残るザナルカンド社の支店を探し出し、今日この日、最初の担当に交渉を試みる。
「・・・ブラスカさんは・・大丈夫だろうか・・・?」
アーロンは閑散としたフロントを右往左往しながら、何度この台詞を呟いたのであろうか。
まだ1時間も経過してはいなかったが、その不安は極限まで高まっていた。
「・・・おい、ちったぁ大人しくしとけよ!」
あまりに落ち着きのないアーロンの姿に、ジェクトも何度この台詞を言ったことだろうか。
この数ヶ月の間、ジェクトは意識してアーロンやブラスカの行動を眼で追ってみた。
やはり、互いに向けられる視線や態度は、唯の仕事仲間以上の雰囲気を醸し出しているのは明らかであった。
特に、ここ最近のブラスカは、まるでアーロンを自分のものであることを誇示するような行動を取っているかにも見える。
「・・・・・気付いてやがる・・・」
「・・・?・・・何か言ったか?」
小さく囁くジェクトの声を耳にしたアーロンは、足を止めた。
「・・・まぁな・・」
そう答えると、そのままソファにどかっと腰をおろした。
「おい、とにかく座ったらどーだ?」
そう言われ、渋々とジェクトの横にアーロンは腰を下ろした。
「・・・ブラスカさん・・・上手くいっているだろうか・・・?」
「・・・まーたそれかよ!」
そう何度も言われては、さすがにジェクトも腐りたくなってしまう。
「ブラスカだってよぉ、ガキじゃねぇんだ。逆に心配しすぎっと、信用してねぇみたいだろーが?」
「・・・それは・・・」
アーロンは反論を失う。
「・・・ったく、そんなに大事かねぇ、ブラスカさんが、よ?」
「・・な・・っ・・!」
ジェクトの言葉で、アーロンの頬が朱に染まった。奇妙な苛立ちがジェクトの胸中を駆け抜ける。
「・・・俺は、ブラスカさんの・・部下だから・・・当然だ・・」
「ふーん、部下ねぇ・・・」
ニヤリと顔を歪ませつつ、ジェクトは自分の頭をポリポリと掻く。
「・・・そんなに、惚れてんだ?」
「・・・・・!!」
弾かれたように、アーロンは立ち上がった。
「・・ジェクトっ・・!」
耳まで真っ赤になって怒りを露にする姿に、ジェクトは益々追い討ちを掛ける為、立ち上がり目線を合わせる。
「部下ってのは、どの辺までお世話するモンなのか教えてもらいたいねぇ?」
「・・・・・っ・・・!」
ジェクトの言葉が終わると同時に、アーロンの右手が飛んでいた。
が、予測していたかのように、ジェクトはひらりとその掌を交わす。
一瞬、バランスの崩れたアーロンの腕を引き寄せると、互いの肩がぶつかり合う程に距離が迫った。
「・・・実践してくんねぇかなぁ?」
「バカなことを・・っ・・」
アーロンの右腕を掴んだ左掌に力を込め、右肩でアーロンの左肩をじりじりと押し遣る。
ジェクトの不可思議な気迫は、完全にアーロンを押し負かしていた。
利き腕は完璧に押さえ込まれ、反対の腕は肩に掛けられた圧力で思うように伸ばすことができない。足技を掛けようにも、バランスが変化した途端に、地に叩き付けられる隙を与えているようなものであった。
こうなっては、後は罵声を浴びせるくらいしか反抗手段が残されていない。
「・・・はな・・せ・・・ケダモノっ・・」
声を出した僅かな隙を突いて、ジェクトの右手はアーロンの顎を掴み、強引に自分の視線と絡ませる。
「・・・ハッ、そう嫌なカオすんなって」
引き寄せた顔に、ジェクトは自分のそれを近付けた。
次に迫るであろう出来事を予測したのか、アーロンは恐怖から逃れるようにぐっと瞳を閉じ、唇をきつく結ぶ。
そのアーロンの表情に、ジェクトは軽く舌打ちし片眉を吊り上げると、両手を開放した。
「・・・ジェ・・クト・・・?」
思いがけず自由になった両腕を確認するように眺めると、アーロンは疑問と不振を込めて、つい先程まで自分を捕らえていた男の名を呼んだ。
「・・・・悪ぃ・・・」
かき消されるような小さな謝罪が漏れる。
「・・・ったく!何やってんだぁ?!」
自分の頭をボリボリと掻き毟りながら、ジェクトはその場に座り込んだ。
「・・・マジですまねぇ・・・イラついちまってるぜ、この俺様が・・・」
「・・?・・苛立つこと・・・何か不自由があるのか?」
アーロンもジェクトの正面にしゃがみ込み、悩める仲間に救いの手を差し伸べようとした。
その真摯な眼差しに、ジェクトは毒気を抜かれ、思わず笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
「・・・クックック・・おめぇ・・ハハッ・・」
突然笑い出した同胞に、アーロンがうろたえる。
「ジェクト?!」
この『バカ』が付く程の純粋さは、一体どこからやってくるのか?
そんなことを考えながら、ジェクトは益々声高らかに笑い続けた。
「・・・失礼なヤツだ!!人が真剣に心配しているというのに・・・」
拗ねるように、そっぽを向くアーロンの姿に、つい触れたい衝動に駆られ、ジェクトは手を伸ばそうとする。
チ・・ン・・
ジェクトの腕を遮るように、エレベーターの扉から到着音が響いた。
「・・ブラスカさん・・!!」
その白い額にうっすらと汗を浮かべ、やや足元をフラつかせながら出て来るブラスカの姿に、アーロンが吸い寄せられるように走っていく。
その背中を、ジェクトは苦い想いを交えながら、見送った。
「ブラスカさん、大丈夫ですか?!」
肩を貸すように傍に寄ると、アーロンは心配そうにブラスカの疲労に曇った瞳を覗き込んだ。
「・・・・・した・・よ・・」
聞き取れない程の、ブラスカの小さな声。息を整えるように、軽く深呼吸し、もう一度唇を開く。
「・・・一件、いただきましたよ・・・」
今度は、少し離れたジェクトの元まではっきりと響き渡った。
「これで、『ザナルカンド社の取引先』です・・・」
ブラスカは、穏やかにアーロンに向かって微笑む。
微かに、アーロンの表情が曇った。
「・・・・ブラスカさん・・・おめでとう、ございます・・・」
「・・・あぁ・・・」
軽く頷くと、アーロンの肩に手を回し、二人でゆっくりと通路を歩く。
視線の先に、ジェクトが佇む。
ブラスカに、この位置関係を改めて誇示されているような気分だった。
「・・・イヤなヤローだぜ・・・」
誰にも判らない程度のトーンで(恐らく、ブラスカだけは気付いていたのだろうが)、ジェクトはボソリと呟いた。
勝負に貪欲な男と、非貪欲を装う男が、その未来に望むもの
希望 野望 欲望
どの言葉も近くて
どの言葉も遠い
scince 4 Feb.2002
幹部と話すのにそんなに体力使うなんて(笑)
それ以上に、なに話してるのか・・・
我ながら気になる・・・(爆)
大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。
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