フィアンセになりたいanother 

 

「明日は・・・ベベル支社担当にお会いします」

 そうブラスカが呟いた一言が、アーロンを固まらせた。



 4回目の担当者との謁見。

 この4人目のお墨付きを得れば、ザナルカンド社への切符は手に入る。

 一人、着替えもしないままマンションのベッドに転がり、天井を見詰めながら、アーロンは考えていた。

 隣の書斎からは、ブラスカとジェクトの話声が微かに漏れてくる。

 この声は、いつまで聞けるのだろうか?



 『上司』と『部下』

 世の中に、この関係にある者達は、いろいろな信頼で結ばれているであろう。

 親子

 兄弟

 友人

 そして 恋人



 過去、ザナル社に迎えられた出向者達・・・。

 自分の愛する者との永遠の別れは、どんな気持ちなのだろう。



 アーロンは起き上がり、頭を振る。

 ブラスカの決意が固いのは、誰よりも自分が一番知っている。

 それでもあの人を失うのが、恐ろしくて、寂しくて、辛い。

 それが、自分のエゴであるとよく判ってはいる。

 いたたまれない気持ちに苛まれ、アーロンは思わず部屋の外へ飛び出していた。



 マンションの裏にある小さな公園まで足を運ぶ。

暫し見渡すと、アーロンはおもむろに真ん中の噴水へと向かった。

真夜中故、水の流れも止まり、シ・・ンと静まり返っている

アーロンは、衣服もそのままに、ゆっくりと噴水の中へと無意識に足を踏み入れる。



 パシャ



 踝が水に浸かる。

 ひんやりとした温度が、心地よかった。

 そのまま歩むと、スラックスから染み込んで、膝裏に触れる水が微妙にくすぐったい感じがして、一瞬、足を止める。

 が、再び歩みを進めた。



 中央の噴射口の傍までやってきたアーロンは、満天の星空を見上げるながら、首元のタイに圧迫感を感じ片手で軽く緩める。

その時、水面に漣が浮き立ち、跳ね上がる水の音が響いた。



「おいっ、なにやってやがんだ!!」

 気付くと、肩を掴まれ強引に振り向かされていた。その先に、紅光を見た気がした。

「・・・ジェクト・・?」

 その言葉の終わりと共に、自分の身体が何かに包まれた。

抱き締められていることに気付いたのは、数秒後のことである。

「こンのバカが!」

 自分の頭の上で怒鳴り声がするのを、半ば呆然と聴いていた。

「・・・バカとはなんだ・・・」

 いきなり批判されたことにカチンと来たアーロンは、ささやかに反論してみる。

「あぁ?こんな時間に服着たまま水ン中入るやつが賢いってぇのか?!」

 そう言われて、自分の行動を初めて思い返す。確かにとても賢いとは思えない行為であった。

「・・・・・・・」

 二の句が告げられないまま、口籠る。

「・・・まさか、死のうなんて考えちゃ・・・いねぇよな?」

 ジェクトの言葉に、思わず笑いが込み上げる。

「・・・はは・・・冗談・・・こんな浅い水で・・・」

 ブラスカと離れた後、どうやって生きていこうか?

 そればかり考えていた自分が死ぬなんて考えもしなかったことであった。

 だが、無意識とはいえ、こんな真夜中に水に飛び込み自分に何かあったら、それはそれでブラスカに迷惑をかけることになるのだ。

「・・・・すまなかった・・・ジェクト・・・」

 止めに入ってくれたジェクトに、ほんの少し感謝の念を抱く。

「・・・おめぇ・・・」

 言葉を綴りながら、ジェクトはアーロンの顎を取る。

 軽く上を向かせ、視線を絡めた。

「・・・ずっと、ブラスカの運命で苦しんでたんだな・・・・・」

 一瞬、アーロンの眼が見開く。

「・・・ジェクト・・・いつ・・・・」

「・・・昨夜、ブラスカから聞いた・・・永久栄転のことを、よ・・・」

 右手を顎に掛けたまま、左掌でアーロンの黒髪を梳く。

 アーロンはジェクトから眼を逸らした。

「泣いて、いいぞ」

 突然の言葉に、アーロンは、ビクと震えた。

「おめぇ、ひとりで苦しんで、泣く場所もなかったんじゃねーか・・・?」

「・・・泣くなど・・・・そんなこと・・・」

 そう言い返しながら、自分の声も震えているのが恥ずかしかった。

「・・・カッコなんざぁつけんなよ」

 髪を梳く、ジェクトの掌が、優しい。

「・・・そんなことは・・・な・・」

 完全に、声が掠れる。もう、止めることは出来なかった。

「・・・っ・・ふ・・・」

 涙が溢れる。

 フリーになって、初めて涙を流した気がした。

 顎に掛けた指を離し、再びジェクトがアーロンを抱き締めた。

 今のアーロンにとって、この腕の中が、大きく温かく心地よい。



 ジェクトにとっても、自分の腕の中のこの若者が不思議な程愛おしいと思っていた。

 あまりに意地っ張りで、あまりに純粋で、あまりに不器用で。

 それ故に、自分やブラスカのほんの些細な一言で、毎日一喜一憂する。

 この男にちょっかいをかけるのも、最初は興味半分でしかなかった。

 だが、仕事が進むにつれ自覚されてゆく想い。

 仕事ばかりで息子に素直に接することが出来なかったことを後悔している。



 もう後悔はしたくなかった。

 抱き締める腕に微かに力が籠もる。



 どのくらい、そうしていたのか。

 一瞬、アーロンは水の冷たさに身震いし、現実に返った。

「・・・す、すまない・・・」

 気恥ずかしさから、慌ててジェクトの腕から離れる。

 が、再度その腕に抱き込まれた。

「・・・ジェク・・・」

 言い掛けて、その唇をジェクトのそれで塞がれた。

 愕きの余り、声が出ない。

 僅かに唇が離れる。

「・・・やべぇ・・・」

「・・・ジェクト?」

 ジェクトの瞳を覗き込むと、その奥に小さく燃える炎が見えた気がした。

「・・・・ハッ・・・マジかもしんねぇ・・・」

「・・・なにが・・・・・ジェクト・・っ?!」

 いきなり自分の身体が軽くなるのに、アーロンは驚く。

 ジェクトがアーロンを横抱きに抱え上げると、そのままザバザバと水を掻き分け公園の端まで歩いて行った。

 芝生の上にそっと降ろされる。

「・・・・・・」

 突然のジェクトの行動に、アーロンは完全に困惑して声も出ない。

 降ろされたアーロンの上に、覆い被さるようにジェクトが近付いた。

「・・・悪ぃ・・止まんねぇ・・・」

 再度、唇が塞がれる。

「・・・!・・ジェ・・ク・・トっ・・」

 先程の、唇が触れるだけのキスとは違った。

 ジェクトの舌先が歯列を割り、アーロンの舌を絡め取る。



 荒々しいキス。

 刹那

 初めて出会ったその日に、いきなりジェクトに唇を奪われたことが、アーロンの脳裏をフラッシュバックしてゆく。

 最低最悪な第一印象。

 そして、今は・・・。



「・・・・嫌なら、マジで抵抗しろよ・・・そうじゃねぇと・・・」

 水でしっとりと濡れたアーロンの首筋に指を這わせる。

「・・・止まんねぇぞ・・・」

 海老茶のネクタイを解かれ、薄紅色のシャツを肌蹴られた素肌に、ジェクトの掌が触れる。

「・・・駄目だ・・・ジェクト・・・・・」

 アーロンが後図然る・・・が、すぐ背後には金網。

 背に当たる冷ややかな金属感に、後が無いことを悟った。



 目の前に双つの紅い光に捉えられ、、アーロンはきつく瞳を閉じる。





 唯一つしかない筈の道標

 唯一つの筈の道程



 道を塞がれた旅人



 折られた道標・・・


















scince 27 Feb.2002












あんたら、ここ憩いの場ですよ!
夜の公園で男が二人・・・
考えると恐ろしい光景です(爆)

大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。

 

 

 

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