フィアンセになりたいanother 

 

「・・・アーロン・・・・・」



 ジェクトの熱っぽい声が耳元を擦り抜けて行く。

 その熱に苛まれながら、アーロンは意識を失った。





 眼が覚めると、空が白み、明けの明星が輝いていた。

 自分が凭れ掛かっている何かから、左半身に不思議と温かさが伝わってくる。

「・・・・よう・・」

 その声に、弾かれたようにその温もりから身を離した。

 フェンスに凭れながら、ジェクトは軽く左手を上げる。

 その瞳はいつもの様な悪戯っぽさはなく、何処か真摯な輝きを秘めていた。

「・・・ジェク・・ト・・・」

 アーロンは思わず自分のシャツの前を掻き合わせる。

 全身に残る鈍い感覚は、昨夜の出来事が現実であることを容赦なく突き付けて来る。



 何故、もっと拒まなかったのか?



 口籠るアーロンを、ジェクトが抱き寄せた。

「・・・ジェ・・ク・・ト・・・」

 押しのけようとその肩に手を掛けるが、力で敵うべくもなかった。



 何故、もっと突っ撥ねなかったのか?



「・・・・すまん・・・・・突っ走っちまった・・・」

 肩に回された大きな掌に、一瞬身体が硬直する。

「・・その・・ツラくないか・・・?」

 アーロンの表情が青ざめた。

 昨夜の自分は今までにない程に、その行為に溺れてしまっていた。

 正直、ブラスカとのセックスに、あそこまで感じたことは無かった。

 ブラスカとの行為は決して嫌ではない。

 だが、ジェクトが自分を侵食する度に、今までにない快感を覚えたのは事実であった。

 その感覚を必死で掻き消す。

「・・・もう・・・戻らないと・・・」

 アーロンはジェクトの腕から擦り抜けると、目線を合わせない様に立ち上がり、身形を整え始めた。

 泥だらけの手足と、泥だらけのジャケット。

 ブラスカに見られれば、不振に思われるのは必須であった。



 自分は、ブラスカを裏切った。

 しかも、その裏切り行為に自分を見失う程に溺れて。



 アーロンはその場から足を進めた。



「アーロン!」

 その声に捕らわれた様に振り返ってしまう。

 昇り行く太陽の様な眼差しが、自分を捕らえる。



「好きだぞ」



 心に何かが突き刺さる。



「・・・俺は・・・違う・・」

 もうジェクトを見ることが出来ずに、その場を走り去るしか無かった。



 マンションに戻ると、真っ先にバスルームへ向かう。

 脱ぎ捨てた衣服を乱雑に洗濯機に放り込み、熱湯を全身に浴びた。

 流れ落ちる泥を見下ろしながら、アーロンは、泣いた。

 悔しくて、堪らない。



 涙は止まらなかった。



 直肌に水滴が跳ねる。

 両掌で顔を覆い、そのまま額に掛かる前髪を掻き上げた。

 降り注ぐ水流を顔面に浴びながら、アーロンは己の心を探る。



 ジェクトのことは嫌いだと思わない。

 あんな目に遭った後でさえも。

 それでも、

 今、ブラスカのことを想っている。



 この感情は、何処に向かっているのか?

 何かを思い立った様に、アーロンは真正面を見据える。



 バスローブを羽織り、自室の扉を開くと、思いがけない姿が視界に飛び込んでくる。

「・・・ブラスカさん・・・」

「おはよう」

 いつもと変わらない、穏やかな微笑み。

 この表情が堪らなく好きだと、アーロンは改めて思い知らされる。

「君が朝からシャワーを使うなんて、珍しいね」

 一瞬、ドキっとする。

 ブラスカには、絶対に知られたくない。

 以前、ジェクトに強引に唇を奪われた時にも、同じ思いがあったが、今回のことは訳が違う。

 拒もうと思えば、拒めたのだ。

「・・・顔色が、良くないね?」

 その声に、我に返る。

「い、いえ・・・大丈夫です!」

「・・・・無理は、よくない」

 そうブラスカは囁くと、アーロンの頬に優しく手を伸ばした。

 触れる指が暖かくて心地よい、が、同時に後ろめたい。

「・・・今日は、ここで休むといい」

「・・・ダメです、ブラスカさん!!俺のせいでまた足を引っ張って・・・」

 そう言い掛けたアーロンを、ブラスカはそっと抱き寄せる。

「・・お願いですから、君はもっと自分を大事にしてください」

 その言葉が、益々アーロンを切なくさせる。



「・・・もっと、素直になっていいのですよ?」



 ブラスカの言っていることが、アーロンにはよく理解出来なかった。



 アーロンをベッドに寝かせると、

「また、後で来ますから」

 そう微笑んで、ブラスカは部屋を後にした。



 その足取りは、躊躇うことなく目的の場所へと真っ直ぐ進んでいった。









 動かす力

 動く力

 衝動と静寂



 賽は投げられた
















scince 22 Mar.2002













多分お分かりでしょうが、
本編とアナザーは展開が違います(笑)

大好きなこみちさんへ、敬愛と微力の応援をこめて・・・。

 

 

 

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