SPEED

 

「・・・・一体、これは・・・?」

 室内に入ったアーロンの第一声は、驚愕に満ちていた。

 立ち込める、くぐもった空気と不可思議な香り・・・。

 街道が土砂崩れで塞がれた為、数日この町に留まる事となった一行は、旅行公司のリンの紹介で炊事場付の小さな借家に滞在していた。

 夕方の鍛錬を終え戻ったアーロンは、この有様に戸惑いを隠せない。



「・・・よ、よぉ」

 その空気の向こうから、ちょっと苦笑染みたジェクトが姿を現した。

「ジェクト、これは何なんだ?ブラスカ様は・・・?」

 その声を遮るように、ガチャリと厨房の扉が開く。

「アーロン、ちょっと頼まれてくれるかい?」

「・・・ブラスカ様・・・はい、何でしょうか・・・・?」

 ブラスカの満面の(若しくは悪巧の)笑みに、アーロンは声を引きつらせながら、返事をした。

 どうもこの大元は、ブラスカの居た厨房にあるようであった。

「ここにメモしてあるものを、旅行公司で買ってきて欲しいのだけれど・・・」

 差し出されたメモをアーロンと、隣に立っていたジェクトが覗き込む。



・ フンゴオンゴの花粉(ひとつまみ)

・ サボテンダーの棘(出来たら後頭部付近)

・ シンのコケラ エムズの触手(多いほど可)



「・・・・・ブラスカ・・さま・・・?」

 アーロンとジェクトの額にうっすらと汗が滲んだ。

「お願いするよv」

 そんなことは気にも留めず、ニコリと微笑むと、厨房の扉がバタンと閉じられた。

「・・・・何が・・あった・・?」

「・・いやー、実はよー・・・」

 お互い歩み寄る処に、再び扉がバタンと開く。

「アーロン、必ずノックをしてくださいね、かならず!ですよ」

 そう言い残すと、三度、バタンという音と共にブラスカが消えていった。





「腹減った!待ちきれねぇ!!」

 アーロンが夕方の鍛錬に出掛けてから、一時ほど経ったであろうか。

 何時にも増した空腹感をジェクトが襲った事から、始まってしまったのである。

「なぁ、ブラスカ、おめぇ何か作れねぇのか?」

「・・・・作れない、ことは無いですが・・・・私は料理を作るのが遅いんですよ・・・」

 ふふ、と、ブラスカは苦笑いを浮かべる。

「へーえ・・・でもよー、このまま何時帰ってくっか判んねぇアーロン待ってんのもなー・・・」

 再び腹の虫がジェクトの空腹感を刺激する。

「ブラスカさんよぉ・・・なんか作ってくんねぇか?」

 ブラスカは、一瞬上目遣いに天井を仰ぎ見ると、

「・・・・では、作ってみましょうか?」

 やれやれ、という微笑でジェクトの方を見遣った。

「美味しいかどうかは判らないよ」

 微笑を残して、ブラスカは厨房の扉へ消えていった。



 その経緯を聞くと、アーロンは中のブラスカに聞こえないようジェクトに小声で食って掛かった。

(お前―――っ!ブラスカ様を厨房に入れるとは!!)

 つられてジェクトも小声で返す。

(あぁ?なんだよ、ブラスカってそんなに料理下手なのかよ?)

(下手とかの問題じゃないだろう!)

(あぁ・・・?)

(あの人の料理が普通な訳がないだろう!!)

 ジェクトは一瞬考えるが、ブラスカの性格をよ―――く思い出す。

冷や汗が背中を辿ってゆくのが判った。

(・・・・ちゃんと責任取って、お前も食べろよ!)

(おいおい・・・マジかよ〜〜・・・)

 アーロンは渡されたメモを再度見直すと、溜息を吐きながら買出しへと向かった。



 数分後、帰宅したアーロンが大きく深呼吸し、意を決して扉をノックする。

「・・・ブラスカ様、買ってきました・・・・」

 キィ・・と扉が開くと、中から先程より一層立ち込める例えようのない香りと、不気味な雰囲気を纏ったブラスカが姿を現す。

「ありがとう、もう少しだから、待っていてくださいね」

 その言葉と共に包みを受け取ると、妖しげな笑みと共に消えて行く。

 再び、アーロンとジェクトのヒソヒソ話しが始まった。

(・・・ジェクト、お前、一体何が出来るんだと思う?)

(わっかんねぇ・・・)



 ボコッ



 二人揃って脂汗が流れる。

(・・・おい、今・・・ボコッて・・・)

(・・・俺に・・・聞かないでくれ、頼む・・・・・)



 更に数分後



「お待たせしました」

 ブラスカが、スープ皿を抱えて現れた。

 二人共、息を呑む。

「・・・申し訳ないんですが、材料不足で量が少ないんですが・・・」

 ブラスカは、申し訳なさそうな表情で少し俯いた。

 その言葉に、いち早くジェクトが、

「そっかぁ!!仕方ねぇなぁ!だったら今回はアーロンに譲ってやっから、オレ様は飲み屋でも行ってくらぁ!!」

 猛ダッシュでその場から離れようとするその身体が、瞬時に硬直した。

「ジェクト、君が食べたいと言ったから作ったのに・・・」

 ブラスカの悲しそうな瞳の奥が、例えようの無い光を秘めていた。

(・・・ま、魔法・・・掛けてやがる・・・動かねぇ〜・・・!)

「そうだぞ、ジェクト!!ブラスカ様、ここは俺が遠慮させていただいて・・・」

「アーロン・・・食べたく、ないのかい?」

 はっとしてブラスカを見ると、とても物寂しそうな表情でこちらを見詰めていた。

「・・い、いえ・・その・・・・」

「・・・そんなに、不味そうかい・・・?」

 ブラスカの瞳が再び悲しみとは別に、輝く。

 アーロンの背中に冷たいものが走った気がした。

「・・・い、いただき・・ます・・・」



「はい、どうぞ」

 食卓に出された二つのスープ皿。

 ジェクトとアーロンは互いの皿を横目で見詰め、胸中で叫ぶ。

(何で・・・あっちの皿とスープの色が違う?!)



 ジェクトの前に置かれた皿は、真っ赤に等しい色のものであった。

 トマトベースなのか、それとも・・・。



 アーロンの前に置かれた皿は、不気味な程澄み渡っていた。

 皿の底まで見える、ほぼ透明の、あまりに綺麗な・・・。



「さぁ、召し上がれ」

 その美しい微笑みが、地獄の裁判官に見える。

 意を決して、二人はスプーンを手に取った。

「・・・・どう、ですか?」

「・・・お、おう!美味いぜっ・・・!」

(・・・・何で、眠くなるんだ・・・・?・・・うぅ・・・)

 ジェクトは声を引きつらせながら応える。

「アーロン、如何ですか?」

「・・・は、はい・・!とても、美味しいですっ!」

(・・・確かに、味は・・・しかし、この・・・痺れは・・・?)



「最後まで、遠慮なく召し上がって下さいね」

 あまりに美しい微笑みと、全身を駆け抜ける感覚に、意識が遠ざかるのを感じながら二人は思った。



(もう、二度と、この男に料理は任せるまい・・・・)






scince 22 feb.2002







ごめんなさい、ごめんなさい・・・。
続き、裏に持ってっていいですか?!

って又か、お前・・・(苦笑)

 

 

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