恍惚に死ス [ 前篇 ]




 赤味を増してゆく肌。
 痛みを誘い出す爪。

『恍惚のその果てに、残るものは何もないから
 消えない夢を 消せない傷を』

 もう、許して
 何度もこの言葉を吐き出した気がする。
 だが、それが無駄であるとも判っていた。それでも尚、そう請わずににはいられなかった。




 アーロンがブラスカの『闇』を知ったのは、もう随分前になる。




「ブラスカ様!」
 はにかみながら駆け寄る姿に、ブラスカはいつものように緩やかに微笑んだ。
「アーロン、こんにちは」
「お久しぶりです、ブラスカ様」
 きっちりとエボンの礼をすると、アーロンも少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 数年前に行った寺院参拝の護衛をきっかけに、こうやってアーロンはブラスカを慕って来る。
「元気でしたか?」
「はい、ブラスカ様もお変わりなく」
 17歳になっていたアーロンは、ブラスカが初めて出会った頃よりもう背も伸び、幼さも大分消えている。
「貴方も、元気そうでなによりですよ」
 微笑むブラスカに、アーロンも小さい笑みを返した。

「妻が里帰りしているから、何も構ってあげられないのだけれどね」
 そう言いながら、ブラスカはアーロンを部屋へ促した。
「いえ、そんな時にすいません」
 相変わらず生真面目な様子で部屋に入るアーロンを、いつものように自分の書斎へ案内すると、
椅子を進める。相変わらず遠慮がちに腰を降ろす姿をブラスカは冷静な表情を浮かべながら見詰めた。


 寺院は女人禁制。
 こんな大儀を誰が掲げてしまったであろうか。
 『エボンの賜物』と首を垂れる、やんごとない身分の輩は腹の底で舌打ちをしているに違いない。
 売るのも買うのも禁止されている筈の女を売買し、地位を振りかざして幼い僧兵や孤児を組み伏す。
 こんな行為が、連中の腹の中で公然と行われているのだ。 
 正直なところ、珍しい話ではなかった。なまじ女人禁制などにしてしまった故、行き場の無い欲求を
解消するために僧官達はかなり悪どい事を行っている。

「もう新しい部隊には慣れたのかい?」
「はい、皆いい仲間ばかりです!」

 頭の良いブラスカは、いろいろな意味で他人の本性というものを見極めいていた。
 だからといって自分は自分、人は人。
 人間の腹の底がどうあれ職務に差し障りがなければ、敢えて自分から居心地の悪い空間にする必要は
ない。僧官達が陰で行っていることは黙認すると決めた。
 しかし、感情と理性を切り離して考えることの出来るブラスカでも、寺院にいると、気が狂うかと
思う瞬間が間々ある。

 自分だけはこんな輩に身を窶すものか。
 ブラスカはそう固く意にしていた。

 していた筈なのだ。

「ブラスカ様こそ、お忙しそうですね」
「また最近、シンが頻繁に現れるからね」

 人間はどのように生きてきても、打算や必ず首を擡げてくる。特にスピラのような何かに脅かされ
続けている土地なら尚の事である。
 幼い頃、両親を亡くし極限に立たされていたブラスカに取って、人との繋がりは、友情や愛情の裏に
潜む希薄な利害関係で成り立つものと認識されていた。

 しかし、何故だかアーロンだけにはその狡猾な部分が微塵も現れない。

 妻でさえ、自分と結婚することに、今後のアルベドと寺院の交流を匂わせていた。

 この若者は、一体自分に何を求めているのだろう?

「アーロンは何故、私のところへ来るんだい?」

 何の脈絡もない突然の質問に、アーロンは言葉に詰まった。
「・・・何故って・・・あの・・・・あ、俺、ご迷惑ですよね・・・」
「そうじゃないよ、アーロン」
 ブラスカは誤解のないようアーロンに再び問い掛けた。
「君が訪ねて来てくれるのは、とても嬉しい・・・だが、理由が判らないんだよ」
「・・・り、理由・・・?」
 再びアーロンは口ごもる。
「私に会いに来ることは、君にとってどんな意味があるのか・・・知りたいんだ」
 ブラスカの言葉に、アーロンの顔色が薄らと朱に染まった。
「そ・・・それは・・・その・・・・ブラスカ様が・・・・素晴らしい方、なので・・・」
 その変化をブラスカは見逃がさなかった。
「素晴らしい?どのように?」
「・・・その、スピラの平和を・・・一生懸命お考え・・で・・・」
「そのくらい、僧官なら誰でも同じ事を言う」
 淡々と語るブラスカの顔を、アーロンはまともに見られない。
「・・・で、でも!ブラスカ様は本当に・・・!」
「本当に?本当に、何?」
「・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・」
 尋問のように突き刺さるブラスカの言葉に、アーロンは戸惑いを隠せなかった。

「アーロン、君は・・・私が好きなのかい?」

 アーロンの顔色が一層色濃く朱に染まる事で、それを肯定していた。
「・・・あ、のっ・・・ブラスカ様・・・そんな、俺・・は・・・・」
「違うのかい?」
「・・・・・・・・・・・・その・・・いえ・・・・違い、ませ・・ん・・・」
 俯きながら、震える唇でアーロンは答える。

 だが、
 成る程、愛情か。
 冷静にブラスカは受け止めた。

「アーロンは、私の何が好きなのかい?」
「な、なに・・・ですか?」
 目一杯の羞恥を隠しているところに、またも突拍子も無い質問である。
「私の顔?それとも、地位?」
「違います!!」
 速攻で切り返しててくるアーロンの顔には怒りが浮かんでいた。
「俺は、ブラスカ様のひととなりに惚れたんです!」
「・・・・・・・・・・」
「見た目や地位なんか関係ありません!」
「・・・・・・・そう」
 ブラスカの冷静な返事を聞いた途端、再びアーロンの顔色は羞恥に染まった。
「・・・あ・・の・・・ブラスカ・・様・・・・」
 勢いに任せて言ってしまったが、今更込み上げてくる気恥ずかしさにアーロンは口篭る。

「では、アーロン・・・・私のひととなりを受け止められると?」

 愛など、信じられるものではない。

「・・・・・ブラスカ・・様?」

 愛など、誰も与えてはくれない。

「私を、受け止められると?」

 有無を言わせないブラスカの問い掛けに、
「・・・・はい」
アーロンは引き摺られるように答える。

「では・・・おいで、アーロン」


 真実を、あげよう。


 ブラスカが差し伸べた掌に、アーロンは傀儡のように指を伸ばした。




 浮かべた微笑みは、まるで、



 甘美な死神。













2004.05.17

某黒作家J様(笑)宅の黒ーいブラスカ様(略してブラブラ←オイ)に
触発されてしまったブラブラネタ(苦笑)

更に近日中に続きUP予定。
しかも裏です(爆)


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