恍惚に死ス [ 3 ]





 乱れた衣服を正しながら、ブラスカは小さく溜息を吐く。
 背にした扉の中では、きっとまだ泣きじゃくっているアーロンがいるに違いない。
「・・・・残酷だね」
 誰に向かって言ったのか、再び小さく溜息を吐いた。
 ブラスカは書斎で新しい衣服に着替えると、何事もなかったように読みかけの本に手を
伸ばす。パラ、と頁をめくると刻まれた文字に没頭していった。


 アーロンは何もかも枯れ果てたような顔でむくりと起き上がった。
 どのくらい泣いていたのだろう?
 ぐちゃぐちゃに乱れたシーツに残るのは、先程までの行為の残骸たち。
 もう涙も尽きたと思うのに、
「・・・・・・・・・・ぅ・・」
先程の仕打ちを思い出すと、また涙が溢れる。

 そんなことを繰返しているうちに、また少し時間が流れた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 女々しい。
 自分のしていることが虚しくなったアーロンは、涙でひりひりする目や鼻を軽く擦った。
 寝台の脇にかけてあった鏡を覗き込むと、そこには真っ赤に腫上がった目と鼻をした自
分が映る。
「・・・・・・・・・・・・・」

 本当に、女々しい。

 パン、と両頬を叩いて自分に渇を入れると、
「・・・よし!」
アーロンは床に散らばった衣服を拾い集める。
「・・・・・・・っ・・!」
 身体が重い。ブラスカに弄られた箇所がズキズキと痛む。顔をしかめながら、衣服を身
に纏った。

 もう窓の外は薄暗くなり始めている。

 寝室を出ると、食堂にも居間にもブラスカの姿はなかった。
 もしかして、自分に呆れてどこかへ行ってしまったのだろうか?そんな不安がアーロン
の胸中を過るが、
 カタ・・
書斎から小さな音がしたので、そこを覗いてから落ち込む続きをすることにした。

 ギィ・・・

 少し開いた扉を押すと、
「・・・・・・・ブラスカ・・さま・・?」
 本棚にもたれたまま床に腰を降ろすブラスカの姿を見つけた。手の中には分厚い本が握
られていた。こんな薄暗い部屋の中で、無言で目を走らせている。
「・・・あの・・・ブラスカ様・・・」
 ペラ・・・
 気付かないのか、ブラスカは本の頁を捲った。
「・・あ、あの・・っ・・・」
 二度目の呼びかけで、ブラスカの指先が止まった。
「・・・あぁ、アーロン」
 普段と変わらぬ薄い笑みを浮かべると、ぱたんと本を閉じゆっくりと立ち上がった。
 逆にアーロンは戸惑った。いつもと変わらないブラスカが、先程とのギャップを生み出す。
「・・・あの・・・お、俺・・・」
「いらっしゃい、夕食にしましょう」
 しどろもどろとするアーロンの脇を抜けると、ブラスカは食堂へと向かって歩き出して
しまった。
「・・・・・あ・・・・」
 その後ろを、どうして良いのか判らないままアーロンは附いていく。

 カチャ、とテーブルに並べられる皿を、アーロンは黙って目で追っていた。
「作り置きだけど、逆に味が滲みて美味しいと思うよ」
 そう言いながら、具だくさんのスープが注がれる。
「冷める前にどうぞ」
「・・・・・・・・いただきます・・・」
 そう答えるしかない。スプーンに手を伸ばすと、少し具を拾い上げ口に運んだ。

 本当に何も変わらないブラスカの態度に、アーロンは困惑するばかりである。
 もしかして、ブラスカはあのことを無かった事にしたいのだろうか?
「アーロン」
 そう思った瞬間に、ブラスカの呼びかけが耳に飛び込む。
「・・・は、はい」
「もし、また『したい』のだったら言いなさい・・・私は構わないから」
「・・・・・・・・!!」
 ガシャン
「わぁっ!」
「おや、大丈夫ですか?」
 手から離れたスプーンは見事にスープの中にダイヴしてしまった。
「驚かせてしまったかな?すまないね、アーロン」
「・・・・・・・ブ、ブラスカ・・様・・・・」
 恥ずかしさと戸惑いで、アーロンはまともに話をすることが出来ない。
 また、などと何故言うのか。あんなに自分を酷く扱っておいて、ブラスカが楽しかった
とも思えない。逆に嫌われてしまったのではとびくびくしていたのに。
「君を軽蔑したりはしない、君が私にああされたいのなら・・・私は構わない」
 椅子から立ち上がったブラスカは、アーロンの前に置かれた皿に手を伸ばした。
「また酷くされても、私が好きだと言うのならね」
 自分の前に引き寄せると、スープに半分浸ってしまったスプーンに指を掛ける。

『君の真実を、見せてもらおう』

 ブラスカが口を開いた訳ではない。
 なのに、アーロンにはそう聴こえた気がした。


 アーロンは、本能で感じていた。




 ブラスカは『何か』を探している。














2004.06.24

裏に書いた2の続き。
なくても意味は通じるかなー?

今回はちょっとインターバル。

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