恍惚に死ス [ 4 ]




 アーロンは膝を抱えて、ただ考えていた。

「君は、私を好きなのではないよ」

 ブラスカの言葉が、酷く心を抉る。
 だが、そう言われてしまって、それを否定する材料が思い浮かばなかったことが悔しかった。
 あんな酷い仕打ちを受けても、まだブラスカに会いたいと思う自分がいるのだから。
 一体、自分はブラスカの何が好きなのだろうか?
 ブラスカは優しい。だがそれは、あの行為の中に無残に打ち砕かれた。
 頭が良い。だがそれは、ひとを好きになる基準なのだろうか?
 顔。・・・・・・・・・・・・・ばかばかしい。顔で選ぶなら、何故わざわざ男を選ばねばならないのか。
 地位。ブラスカに取り入って囲ってもらう?そんなみっともないマネ、男としてのプライドが許さな
かった。

 では、一体何なのか?

 考えても、考えても、答えが出ない。
 どうすれば答えは出るのか?
 そう考えると、ふいにアーロンの足は僧兵寮を抜け出していた。


「・・・・・・・・アーロン?どうしたのですか、こんな時間に」
「・・・す、すいません・・・・あの・・・俺・・・」
 扉をノックし、訪ねたはずの主が姿を現した瞬間に、アーロンは自分の大胆な行動に慌てた。
 もう真夜中にさしかかろうとしているというのに、ブラスカの元を訪ねる。
 先日の出来事から言って、これでは「またしてください」と言いに来たようなものであった。
「とにかく、中に入りなさい」
「・・・・はい・・すいません」
 居間の脇を抜け、ブラスカの書斎に入る。すぐ隣の寝室はきっとブラスカの妻が眠っているのであ
ろう。
 ぱたんと書斎の扉が閉まると、
「・・・・・・・・・・・・・」
アーロンに妙な緊張感が走った。
「・・・・で、どうしたのかな?」
「いえ・・・その・・・な、何となく・・・・」
「・・・・・・・・・・何となく?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
 気まずい雰囲気が走る。

「本当に君は、後先を考えないところがあるね」
「・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」
 図星を指されてアーロンは言葉に詰まる。
「大方、何か考え込んで、勢い余って来てしまったのでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 その通りに返す言葉も見つからない。
「とにかく、この時間ではどうしようもないでしょう・・・・泊まっていきなさい」
 ブラスカの後について書斎をでる。

 恐らくブラスカの妻が眠っている寝室の脇を抜け、突き当たりの客間へ通された。
「着替えは・・・これを使いなさい、大きいでしょうが」
「・・・・はい、ありがとうございます」
 渡された夜着は、間違いなく今のアーロンには一回り大きい。恐らく、ブラスカのものなのであろ
う。暫し俯いて手の中の衣を握り締めた。
「もう少ししっかりしなければいけませんよ」
 突然掛けられた言葉に、アーロンは驚いて顔を上げる。
「君には、緊張感が足りない」
 そういいながら、ブラスカは客間の窓に引かれたカーテンを少し開け、夜空を仰ぎ見た。
「・・・ブラスカ様、あの・・・・」
「誰も、どうにもしてくれはしないのだからね」
 ブラスカが何を言い出しているのか理解出来ず、アーロンはどう答えていいのか混乱していた。

「私が君を抱いた時、どう思った?」
「・・・・・・・・!!」
 いきなり触れられた話題に、アーロンは顔色を変えた。一気に全身の血が首筋に集まるような感
覚。
「・・・それは・・・その・・・・・・」

 辛かった。
 ブラスカに抱かれるということは、夢のような出来事で。あんなに想い焦がれたひとに触れられて。
だがその振る舞いはあまりに横暴で、乱暴に扱われた躯や心は悲鳴を上げていた。

「・・・・・何故、あんなに酷い抱き方をしたのか、判らない?」
「・・・・・・っ・・・・その・・・・」
 考えを見透かされ、アーロンは更に言葉に詰まる。
 ブラスカは窓の方を向いたままで、背中からはどんな表情かは読み取れない。だが、時々窓に映
る姿は、いつもの彼と同じように冷静な表情である。
「何故・・・優しくされたいと思うの?」
「・・・・・・それは・・・・」

 ブラスカが好きだから。
 大好きな人に、優しく触れて欲しいと思うのはいけないことなのだろうか?

「・・・君に限らず、その感情は・・・どこから来るのか・・・・」
 一瞬、見た事もない哀しい顔のブラスカが窓に反射した。

「私には判らないのだよ」

「・・・・ブラスカ様・・?」
 すぐにカーテンが戻され、その表情はグレーの布の向こうに隠された。
 まるで、ブラスカの心のように。
「もう・・・休みなさい」
 振り返った表情は、いつもの僧官の顔であった。柔らかに微笑んで、軽く頬にかかった髪をかき上
げる。
「おやすみ」
 そう言うと、アーロンの返事を待たずにブラスカは客間を後にした。
 パタンという扉の音を最後に、空気はきん、と冴え渡る。時折、虫の音がリン、と鳴り、また静寂を
繰返した。

 アーロンは手の中の夜着に目を落とす。

 優しくされたいと思うこと。

 ブラスカが判らないというその感情。

 何故だか、アーロンの眼から涙が零れた。


 きっと、ブラスカは知らないのだ。


 手の中の夜着を胸に抱き締めながら、アーロンはその場にしゃがみ込んで、泣いた。









2004.10.28

続きッス。
価値観ってなんでこうも
人によって違うのかと
ふと思う瞬間がありますネ。

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