恍惚に死ス [ 5 ]




「あなたが死ぬのは、いやだ!」
 そう叫ぶアーロンよ。では教えてくれまいか。

私は、何のために生きているのだろう?

 目の前で、死んでゆく人間。
 大きな力の前に、何の手立てもなく、飲み込まれてゆく人間。

私は、何のために、生きているのだろう?

 その光景を目の当たりにしながら、私は思う。
 この世界には、常に『シン』という恐怖と隣り合わせ。いつ、どこで死んでしまうのか、全く分からな
い。

なのに、何のために生きているのだろう?

 ちっぽけな塵のように、竜巻に飲み込まれ、波に飲み込まれ。何も、まるで何もなかったかのよう
な、町並み。

私は、何のために生きているのだろう?

 寺院に保護された私は、ただ呆然とその思いに苛まれた。
 生きるために、いろいろな事をしてきた。盗みも、騙すことも、自らを売ることもあった。
 エボンの賜物。そう言って、私達に柔らかい笑みを向けていた僧官ですら、閨ではただの雄だっ
た。
 そして、今日も、世界のどこかで人は死ぬ。

私は、何のために生きているのだろう?

 最後に行き着くのは、いつもその言葉だった。



 人間は、優しくなどない。優しさという打算の皮を被り、愛という見返りを求める。
 私が妻と結婚したのは、彼女がおかしいほどに素直だったからだ。
「アルベドとの架け橋?」
 私と会いたいと言った理由を、そう尋ねた私に、彼女は腹筋を揺らして笑った。腹の底から込み上
げると言った風に、おかしくてたまらない事を全身が訴えた。
「あてつけよ」
 彼女は、恋焦がれて焦がれて、その身を燃やし尽くすほどに愛した男に、決して結ばれることの許
されないその男に、あてつけたかったのだと言った。
 その目は、嫉妬という碧に染まり、ぎらぎらと抜き身の刃のように輝いた。その姿を、私は美しいと
思った。
「あのタコ坊主!」
 罵りながらも、愛しさを捨てられないことを隠さずに、彼女は指先を振るわせる。
 求むものに貪欲な人間は、なんと美しいのだろう。
 だから、私は彼女と結婚した。彼女の、生き恥をさらしてまでも、恋しい男を跪かせたいと願う、欲
深な女の、生きる意味を見たい。
 私は彼女を抱いたが、意図的に子供は作らないようにしながら身体を重ねた。彼女はよく、実家に
帰っては、また恋しい男に焦がれ、そしてその欲望を私にぶつけ、抱かれ、それを何度も、何度も繰返した。
 まるで、何かに取り憑かれた中毒患者のようだった。
 彼女が身籠ったと知った時も、絶対に、彼女の焦がれる男との子供だと思っていた。瞳を開く、そ
の瞬間までは。
 二つの色を成す瞳を見たその時、全身が凍りついた。私の血。この血が、残る。

この子も、何のために生きるのだろう?

 彼女がシンに巻き込まれ消息を断ったと聞いた。娘は、私が育てるのだ。自分の血が、残ってしま
う。この子も、私と同じ苦しみに苛まれるのか。

私は、何のために生きているのだろう?

 答えを導き出さなくては、この子が何のために生きていくのかが、見つけられないと思った。
 そのために、私は召喚士になった。

 そして、ユウナレスカに会った私は、知った。

人は、死ぬために、生きているのだと。



「あなたが死ぬのはいやだ!」
いやだ?
仕方のない子ですね、アーロンは。
私が死ぬのがいやなのではない。残された自分が、かわいそうだからでしょう?
「違います」
何が違うというの?
「あなた自身が、かわいそうだからです」
かわいそう?私が?哀れみ?

「違う」
違う、違う、違う!!!

「そんなふうに言ってしまう、あなたがかわいそうだからだ」

 それが、ただの哀れみでなくて、何なのだろうか。
 私には、理解は出来ない。


 例えようのない感覚に身を委ね、私は瞳を閉じた。




■END■


2006.05.03

未だ、答えは出ず。

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