真昼の月 1

 

眼に見えぬものを信じることは

この太陽輝く空に

今にも消えそうに浮かぶ月に

『永遠』を誓うようなもの




遺跡を目前にすると、もう太陽は真上まで昇っていた。


 自分の前を歩く二つの背中を、アーロンは唯、黙って見詰める。


 この旅を始めた時から、ブラスカの『覚悟』は理解していたつもりだった。

 究極召喚は、召喚士の生命を削ぎ落としながら、召喚獣に力を与えてゆく。

 その上、シンを打破できるのは確実ではないかもしれない。

 過去の大召喚士よりもブラスカが劣っているとは、決して思わない。が、過去の出来事を自分の眼で確かめて来た訳ではないのだ。

 それでも、確実なのは唯一つ。

 究極召喚を使った召喚士は『死』あるのみ。

 見えても居ない癖に、これだけは信じている自分の女々しさに嫌気が差す。


「・・・あなたが死ぬのは・・・嫌だ・・!」


 思わず、神殿に向かうブラスカを止めていた。その『覚悟』がどんなに重いか、知りながらも。


「・・・今日は、ここで野宿ですか・・・」

 いつもと変わらぬ笑みで、召喚士はガード達に声を掛ける。

 その横で、ジェクトが大きく伸びをし、そのまま遺跡が一望出来る小高い丘の上に駆け上ると、夕焼けに染まるザナルカンドを見下ろした。


「・・・すみません、少し風に当たってきます・・・」

 そう呟くように言い残し、アーロンはその場を離れた。


 僅かばかり歩くと、薄暗く、曲がりくねった、まるで闇に向かって続いているような、遺跡に続く道が見えてくる。

 まるで、自分達の未来を暗示しているようだ。

「・・・オイ」

 突然の声に、アーロンが弾かれたように振り替えると、

「・・・よっ!」

 ニヤリと歪めた口元から、白い歯を見せながらジェクトが片手を上げる。

「・・・・何か、用か?」

「なんだ、ご挨拶だなぁ・・・」

 悪態を突きながら、アーロンの横に並び、その朽ち果てた街道をキョロキョロと眺めた。

「・・・明日は、こっから行くんだなぁ・・・」

 その言葉が、アーロンの心の一番深い場所へ突き刺さる。

「・・・・なぁ、おめぇの気持ちもアレだが・・・その、な・・・」

 ジェクトは自分の鼻頭を軽く掻きながら、やや空を見上げて言葉を繋ぐ。

「・・おめぇが、ちゃんとバックにいてやんねぇと、ブラスカが一番・・・・辛ぇんじゃねーか・・?」

「・・・が、・・・かる・・・」

「あぁ?」

 俯いたアーロンの聞き取れない掠れた声に、思わず聞き返す。

「・・なにが、わかる・・・!」

 搾り出すような、声。

「・・・あの方が、召喚士になると、そう言ったその時から・・・俺は・・潰されそうに・・生きてきたっ・・」

 途切れ途切れに、言葉を詰まらせながら、アーロンはその場にしゃがみ込む。

「・・・ここに、来たくなど・・なかった・・・永遠に・・・っ・・」


 その言葉の終わりと同時に、急に自分の襟首に強い力が掛かり、身体が引っ張り上げられた。


「・・・・甘ったれんな・・・」

 目の前に、太陽の様な、ジェクトの瞳があった。

「おめぇの戯言は、ブラスカの為じゃねぇ!残された自分がカワイソウだからだ!!」

 アーロンは瞳を見開く。

「・・・ブラスカが、なんでこの旅にオレ様を入れたか、おめぇには解からねぇだろぉな?」

 ジェクトは、すぅっと息を吸い込む。

「・・・・おめぇの、『ココロ』の弱さだよ!」

 袷が放され、自由になったアーロンの身体は、バランスを保てずその場に崩れるように座り込んだ。

「真っ直ぐ、見詰めろや・・・」

 ジェクトはアーロンの前にしゃがみ、目線を並べた。

「・・・一人が・・・淋しいか・・・?」

「・・・誰が・・っ・・」

 その言葉を遮るように、ジェクトはアーロンを抱き締めた。

「・・・っ・・はな・・せ・・!」

 言葉とは裏腹に、ジェクトの温もりが、まるで心まで染み込んでくるようだった。


 思わず、涙が、零れる。


「・・・代わりになる、とは言わねぇ・・・」

 髪を撫でるジェクトの指が、心地よい。

「・・・オレも、いること、忘れんな・・・」

 その一言が、まるで渇いた大地に、一滴の水を投げ掛けられたようだった。



強く なれる ?



もし、あのひとを失っても、自分は強くあることが、できるのだろうか・・・?




限りなく黒に近いコバルトの空に、今にも溶けていってしまいそうな月が、昇っていた。





scince 29 jan.2002










ごめんなさい。
続いちゃいます・・・。

 

 

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