真昼の月 5

Bfore

 

 意識が戻った時には、既に陽が落ちかけていた。

 天に浮かぶ雲間を縫って、白い月が朧げに漂っている。



「・・・死に損なったか・・・」

 アーロンは、自分の泥塗れの掌を見詰めながら苦笑する。

 フラフラと立ち上がると、周囲を見渡した。

 ガガゼドの麓はまだ雪を残し、その肌を刺すような寒さが駆け抜ける。

 まだ、感覚が残っている。

こんな身体になっても・・・。



無謀にもユウナレスカに立ち向かって、あっさりと敗北を強いられる。

だが、まだ死ぬことは出来なかった。

こんなことで、自分の『役目』が終わるとは、思いたくは無かった。

若いロンゾにブラスカの娘を託した後、必死に『生』に執着している自分に微かに滑稽な思いを抱きながら、アーロンの意識は遠ざかって行った。

たった今、その目覚めが訪れたのだ。



 雪解け水が作り出した小さな薄氷の張った水溜りを、そっと覗き込んでみる。

 歪みながら映し出される自分の姿を、目を凝らして見詰めた。

 真っ黒だった筈の黒髪に、僅かに白いものが混じっている。

 面差しも、少し様変わりした様に感じた。

 だが何より、その『眼』に驚く。



 右の瞳だけ、彩を失っていた。



 視力も感じられる。

眼球もあるようだ。

だが、左の瞳を閉じ右眼だけで見える世界は、アーロンを驚愕させた。

「・・・チッ・・・・」

 思わず舌打ちする。

 何とも形容し難い、歪んだ魔の光景。

 何とか生前の姿を保ったものの、右眼だけはその柵を抜け出すことが出来なかったのである。

 真っ白な瞳が血走る。

 自分の背中に悪寒が駆け抜けた。

 その場に座り込む。

その瞳から、自分が支配されて行くのを感じる。



 このままでは、自分が保てない。

 たったこれだけの事で自分は終わり、魔物に成り下がる。



「・・・くっ・・・・」

 咄嗟に水溜りの氷を叩き割ると、その欠片を握り締める。

 何の躊躇いも無く、その欠片で自分の右目を真一文字に切り裂いた。

「・・・ぐぁ・・っ・・・」

 焼付く様な痛み。

 滴り落ちる鮮血を見詰めながら、アーロンはこんな自分にも血は流れているのかという、僅かな安堵が心の片隅を過っていった。

 痛みと闘いながら、緋の衣の裾を破り自分の右眼を覆う。

 何とか立ち上がると、アーロンは再びガガゼドの山頂に向けてよろよろと歩き出した。



 何故そこに向かっているのか、自分でも不思議であった。



 辿り着いた山頂に、黒い大きな影が走る。

「・・・・ジェクト・・・」

 その変わり果てた姿に、一瞬、左眼を細める。

 この男は、自分の役目を果たした。

 だが、その結果に大きな苦しみが待っていたのだ。

 そして、それを終わらせることが出来るのは、自分ではない。



『・・・よう、頼んだぜ・・・』

 聞こえる筈の無い声が響いた気がした。



「・・・あぁ、仕方ない・・・あんたの頼みだからな・・・」

 アーロンは苦笑交じりにそう呟くと、シンに飲み込まれるまま身を預けた。



 ブラスカの言葉をアーロンは思い出していた。

『私は月になりたいのだよ』

 アーロンは、今でもその言葉を理解できなかった。

 こんな身体になってしまった自分には、そんな風に誰かを癒して行くことなど出来ない。

 せいぜい、昼には出ることもなく闇夜にのみ現れる、決して表に立たない意味での『月』になれるかもしれない程度なのだ。

 だが、それでも自分は自分の役割を果たさなければならない。



 太陽の名を持つジェクトの息子と、花の名を持つブラスカの娘。

 きっと二人がこの悲劇に幕を降ろすのだろう。

 自分はこの二人を支えられたら良いと思う。

 機械都市ザナルカンドの地を一歩一歩踏み締めながら、アーロンは思いを馳せた。



 アーロンはまだ気付いていない。

 昼間の大空に浮かぶ月は太陽の輝きに掻き消され、その存在を知らしめることはない。

 だが、その太陽の光を充分に浴びた月は、夜空で限りない輝きを放つ。

 そして、その月夜に蕾を開く花もある。





 真昼の月は、自分の場所を探している





scince 16 Mar.2002










長々とすいませんでした
一応終わりです
・・・って、こんなんでいいのか・・・?

 

 

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