世界の果てまで
2004.07.12


 その昔、どこの国とも予想のつかないスピラの果てに、猩猩という伝説の獣が居たという。

 猿のようだとも、犬のようだとも、四つ足で歩くとも、二本足で歩くとも言われている。多くの
生物の言葉を解したとも伝えられていた。

 シパーフの群れが大蛇に襲われていた。悲鳴ともつかぬ叫びを小刻みに上げるが、その様子を
遠目に見ていた人間は大蛇に気付かない。
 シパーフの叫びを聞いた猩猩が、大蛇に襲われ困っているシパーフの言葉を人間に通訳し伝え、
シパーフは難を逃れたという。

 猩猩の血は、何者にも増して紅く、その血で染めた衣は、何十年と色褪せないと言われる。


 そんな、嘘とも本当とも、誰も確かめようのない程の昔話であった。




「アーロン、これを」
 ブラスカが差し出した衣を、アーロンは受け取る。
「・・・あの、ブラスカ様・・・?」
「いつまでもその格好ではいかないでしょう?」
 その言葉に、アーロンは己の体に視線を落とした。そこには、ベベル宮を守護する僧兵の鎧。

 物心着いた時からずっと僧兵団に身を寄せていたアーロンは、支給されていた鎧以外に『戦に向
いた衣』など持ってはいなかった。

 そうだ。自分は昨日、僧兵団に暇を出してきたのだ。

 ブラスカが僧官の地位を自ら降り、召喚士になるための旅に出ると聞いたのは、その更に一日前
である。
 アーロンがガードになろうと決断するのに、然程時間はかからなかった。
 否、ブラスカはきっと気付いている。あるいは予想通りだと思うかもしれない。

 だから、これを用意していたのではないのだろうか。

 ブラスカに手渡された衣をゆっくりと広げる。
「・・・・・・・・・!」
 『赤褐色』。そう言うのも変かと思いながら、この眩い色をどう例えるかアーロンは困っていた。
「猩猩緋、という色だそうです」
「・・・しょう・・じょう・・ひ・・・・」
 ブラスカの言葉を、ただ復唱する。
「きっと、キミによく似合う」

 なんて、気高い色なのか。アーロンは心からそう思った。

「着てごらん」
「・・・・・・・・・で、でも・・・」
「良いから、着てごらん」

 アーロンは、鎧の上から軽く両袖を通した。
「あぁ、やっぱり・・・よく似合う」
 鏡に映る姿を、ブラスカは満足そうに眺める。少し黄色味の強い肌に、紅は美しく映え、ブラスカは
自分の審美眼を少し誇らしげに思った。
「猩猩とは、伝説の獣・・・その血は、どんな生物よりも紅いと言われ、それを模して作られたのが猩
猩緋だそうだよ」

 何故、この色をアーロンに与えたのだろうか?ブラスカは、胸中で自問自答する。


 猿のようだとも、犬のようだとも、四つ足で歩くとも、二本足で歩くとも言われている…そんな獣が
アーロンとどんな共通点が見えよう?
 ただ、ブラスカが憶えていたのは他でもない。
 猩猩が、大蛇に襲われ困っているシパーフの言葉を人間に通訳し伝えたという、ささやかな昔話。


 ブラスカにとって、世界は灰色であった。多くのものに裏切られ続けた結果なのかもしれない。
 世の中を見限っていたブラスカに、まだ他人の役に立つことが出来るのを教えてくれたのがアーロ
ンだった。
 時にアーロンを傷付けるように振舞ったこともある。
 だからといって別に、アーロンが説教をした訳でも、教鞭を取った訳でもない。ただ、まっすぐに生
きただけのこと。

 真っ黒な壁に、小さな、紅い『しみ』を落とした。
 それは、ブラスカが気付かない内にどんどん大きく広がっていったのだ。


 猩猩の血で染めた衣は、何十年と色褪せないと言われる。

 だから、この猩猩緋を選んだ。

 そうブラスカは自分に答えを出した。

「ブラスカ様・・・こんな・・・俺・・・いただけません・・」
 アーロンの返事は遠慮ではなかった。真剣に、未熟な自分にはまだまだ似つかわしくない色だと
感じてしまったのだ。
 もしかしたら、アーロンの本能がこの衣に潜むブラスカの感情に気付いていたのかもしれない。
「何故?気に入らない?」
「そ、そんなことありません!!」
 間違いなくそう返ってくると確信しながら、ブラスカはわざとアーロンに問うたのだ。
「では、着てくれまいか・・・・私の顔を立てて」
「・・・・・ブラスカ様・・・・」

 暫し、無言で足元に視線を彷徨わせたが、アーロンはゆっくりと頷いた。

 ブラスカの予想通りに。

 まるで、何かを手に入れたような満足感だった。


 そして、新しいガード――ジェクトを迎え、旅立つという朝。
 この土壇場に来て、寺院がジェクトの解放を却下すると言ってきたのだ。
 何のことはない、いつもの嫌がらせであろう。ブラスカはその程度に考えた。
 当たり前のこと。
 目の上の瘤だった僧官が、今度は『大召喚士』になろうと旅立つなど許せるハズもないと、あの連
中の考えそうなことは手に取るように判ったものである。

 それでも、ジェクトの拘束を解くのに半日も費やすことは、予想外であったが。

「・・・・・ったくよォ・・・散々な目にあったぜ!」
「まあそう怒らず・・・ずっと待っていたアーロンも気の毒なのですよ」
 ふてくされるジェクトを宥めながら約束の丘へと辿り着く頃には、もう陽は傾きかけ空は茜色に染
まり始めていた。


「お、あそこじゃねぇか?」
 ジェクトの示す方向に、見慣れたシルエッ
トが浮かぶ。
 恐らく、待っている間も剣を振るっていた
のだろう。鞘から抜いたままの抜き身の刃が、
光を浴びてギラギラと輝いた。

 微かに逆光になっているせいか、アーロン
の衣服が深い土色に見える。

「・・・・・・・アーロン?」

 あの衣ではないのか。

 一瞬、そう思う。

「・・・・ブラスカ様!」

 振り返ったアーロンの姿に目が慣れると、
アーマーの上に緋衣を纏っているのが確認
できた。



 まるで、夕陽に溶け込んで行きそうな、
猩猩緋の鮮烈な『赤』


 眩しい。


 陽が駆けてくるようだとブラスカは思った。



 だが、

「ご無事で!」

 駆け寄るアーロンは、左肩を脱ぎ落とした、
片袖のいでたちであった。
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「ジェクト!お前はまたブラスカ様に迷惑を・・・」
「んだよ!オレ様だって被害者だってんだ!!」
 自分のせいでもないことで怒られるのは、ジェクトの道理に合わなかった。ぶつぶつ言いたくなる
のも当然である。

 ふと、アーロンの目線がブラスカと噛みあう。

「・・・・すいません、ブラスカ様・・・・」
「アーロン、何故謝るのですか?」

 何を言いたいのか、ブラスカにも判ってはいたが、敢えてそう答えてみる。

「・・・決してブラスカ様のお気持ちが嫌なのではありません!」
 そうだろう。アーロンはそういう子だから。
 思いつつ、口には出さない。
「・・・どうしても、この気高い色に『着られている』のでは・・・そう思えて仕方ないのです・・・・」

 自分で相応しいと感じた時、必ず両袖を通します。アーロンは、生真面目な面持ちでそう答えた。

「・・・・わかりました、アーロン」


 やはり、君を掌の収めるなどと、思ってはいけないのかもしれない。


 あれは、伝説の獣なのだから。



 ブラスカは、いつも通りの優しげな微笑を浮かべた。








 機械都市ザナルカンドに、大きな嵐が近付いている。

 アーロンは、シンを―――ジェクトを迎える準備をしていた。

 一番奥にしまいこんであった、猩猩緋の衣を広げる。
 相変わらず、眩しい色だとアーロンは感じた。

 ふわり

 自分の肩にかかる、柔らかい感覚。
 そっと右腕を通し、左肩に乗せる。


 どうしてもそのまま左腕を通せなかった。


 ブラスカは、究極召喚でシンを倒した。
 だが、ジェクトが、シンに囚われた。


 それを知らぬまま、ブラスカの命の炎は幻光虫と共に飛び散ったのだ。


 終わっては、いない。
 自分の成すべきことは、未だに終わっていないのだ。


 もう10年も経ったというのに。

 今も完全に袖を通せない。


「・・・・ブラスカ・・・・俺は、未だ・・・・・」

 アーロンはそのまま腰帯をキュ、と締め上げた。


 いつか、ジェクトを解放し、何処か、世界の果てで貴方に会うことができたら。

 その時は。

 両袖に通してみよう。
 
 随分遅くなってしまって、あなたも、俺も、もうあの頃には戻れないけれど。

 きっと微笑みながら、抱き締めあえる筈だから。
 



 刀を帯びると、ばさ、と左肩を落とす。




 今は、まだ。
 物語は終わっていない。





 アーロンが踵を返すと、衣の裾が柔らかに円を描く。


 まるで、夕陽を縁取るように。






お題『片袖』のアレンジっす。
TO BE OR NOTさまで
TOPに飾ってらっしゃった画を見て、
ピーンときてしまった・・・というのが
このネタの出所だったりするのです。
んで、管理人のJUN様の許可をいただいて
パクらせてもらいました(笑)
 
これッスよ!! 
こういう状況にしたかったッスよ!!!

ハァー・・・
JUN様、感謝です!!!


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