「なんというか」
 私の膝に倒れ伏した幸鷹を上から見下ろして、部下のひとりが
感嘆して言った。
「無防備ですねえ」
 国守殿ともなれば、人質としての価値は船倉にある宝物以上な
のだけれど、そんなことは予想もしないという様子で、すやすやと
深い眠りについている。
「肝が太いというのか、物知らずというのか、紙一重のぼっちゃん
ですね」
「送ってくるよ」
「護衛はつけますか?」
「いや?」
「いってらっしゃいやし。こちらはこちらで片付けておきます」
 幸鷹同様、潰れた部下が折り重なるようにして甲板を埋めてい
る。
 船の下では、従者が律儀に主人を待っていた。
「私が送ろう」
「・・・・・・」
 眦のつりあがった目を私に向けたが、現実的に物事を考えたの
だろう。一礼して、先導に立った。
 松林の中を、風が吹き抜けていく。
 従者の持つ松明の火が揺れて、光に照らされた風景が大きく
ゆらめいて見えた。腕の中の幸鷹を抱え直した。
「君のご主人様は、突発的に寝るんだね」
 変わりなく飲み、話していたのに、突然前のめりになって倒れ
た。すわ、毒か! と思ったのもつかの間で、幸鷹は規則的な呼
吸で深い眠りに落ちていた。咄嗟に持ち上げた膳を高くかかげた
まま、私の膝を枕にする幸鷹を見下ろし、しばし対応に困ったも
のだった。
「普段は、私室に入られましてから、倒れられますので」
 外で倒れることはない、ということらしい。
「なるほどね」
 気が置ける相手の前では、幸鷹の節制もさらに鋭さを増すのだ
ろう。こうして自分の前で倒れたことは、気を許している証拠と喜
びたいところだけれど。
 あまりよくないな。
 国守と海賊が馴れ合っていては、感傷を踏み越えた決断がし
にくくなる。政に関わる以上、幸鷹にとってよいことだとは思えな
かった。
 館の門が見え出した頃、従者が黙って振り返った。
 私が無言で幸鷹を抱き直すと、初めて瞳に感情らしい光を見せ
たが、唇を結んで裏門に足を向けた。部屋まで運ばせてくれるら
しい。
 門番は、従者が声をかけると、あっさりと私たちを通した。
 幸鷹の部屋は、代々の国守が手を入れてきたのだろうか。梁
や柱のひとつひとつに精緻な彫刻がほどこされ、塵ひとつなく磨
きこまれて、ほのかな灯火に黒光りしては息を吹き返したような
存在感を見せた。臥所もただの帳台ではなく、腰ほどの高いに位
置にあって、隣り合った壁には透かし彫りの窓がはめ込まれてい
る。
「たいした贅沢だね」
 ほとんど感心して呟くと、腕の中の幸鷹がわずかに身じろい
だ。
 布を持ち上げて寝台に横たえると、酒の熱さが体に残っている
のだろうか、苦しげに首を反って、はあ、と息を吐いた。夜目にも
浮かぶ白い肌色に、華のような朱が散って、香りまで立ち昇るよ
うだった。
 頭がおかしくなりそうだった。
 ため息をついて、上着の止め具をはずし、帯をといた。せめて襟
の合わせだけでもゆるめてやろうと手は動いたが、かろうじて残
る理性が、それ以上は踏み込むなと強く警鐘を鳴らす。相手に残
る酒の熱が、そのままこちらに移ったかのようだった。
 よそう。
 合わせを戻したとき、廊下から足音が聞こえた。
「白湯をお持ちしました」
 ああ、と答えて寝台から腰を浮かすと、幸鷹の胸の上にあった
私の手に、もうひとつの手がかかった。
 驚いて見下ろす私に、はっきりと開いた目でほほ笑む。
 思いがけない力で袿を掴み寝台に乗せると、私の顔を見つめた
まま外に答えた。
「そのまま、そこに」
「・・・かしこまりました」
 足音が遠ざかるのを待つこともなく、指に引き寄せられるまま唇
を重ねた。
 気が遠くなるようなやりとりのあとで、私はあらためて訊いた。
「これは幸鷹の策略?」
「本気で欲しがったでしょう?」
 咽喉を震わせるように笑った。
「あなたの負けです」
「私は、君と、馴れ合いたくはないのだけど」
「知っています」
 着物をはぎとられてゆく体の動きまでが、人を誘いこむ甘い蜜
に見えて、たまらず、もどかしい気持ちになった。性急な求めをそ
れこそ待ち望んでいたもののように受け止める幸鷹は、言葉を必
要とせず、体が感じるものだけが真実なのだと信じているようだっ
た。
 幸鷹は幾度か笑い、驚くような姿態を見せた。私にも、それで
充分だった。
 翌日も、幸鷹とは顔をあわせたけれど、私たちはなにも変わっ
ていなかった。
 ただ、目の錯覚を疑うほどにうっすらと、幸鷹が夜の顔を見せ
る。そのたびに、こらえきれず咽喉から漏らしたあの笑い声が、鼓
膜に蘇るようだった。
 気まぐれや冗談では相手になどしませんよと、言い聞かせられ
ている気がした。














ABRACADABRAさまのじゅごん様より
キリリクでいただいたものです。
『お頭に何かしようと、目一杯考える幸鷹』
という、不明なお題を出した私(おい)ですが
はいはいはい!!こう来ましたか!!
いやはや・・・いつもいつも
じゅごんさんには唸らされます。
『考えてる幸鷹』って、こうですよね?
甘くないんです。
この人目的の為だと自負したら最強ですよ、
そりゃもう誰よりも!!(笑)
あぁ、また一つ勉強した・・・・

ありがとう!!じゅごんさん!!
感謝感激雨風暴風雨!!(笑)


2004.12.17 UP


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