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■ 絢 16 ■ 「友雅殿・・・?」 「物の怪でも見たような顔をしているね」 くすくすと笑う友雅を、鷹通は再びまじまじと見詰めた。 「何故、こちらに」 「つれないね」 君に逢いに来たのだと、思ってくれないのかい? 「・・・私に?」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 沈黙に耐えかね、友雅は溜息を交えながら、ふっと苦笑いを漏らす。 「相変わらずだね、君は」 「はぁ、申し訳ありません」 妙に意地悪を仕掛けられているようで、鷹通は微かに気分を害した。それを面には出していないつもりで、友雅には読み取られていることを、どこまで理解しているのか定かではないが。 「先ずは、君に報告を、と思って」 友雅は、用件を掻い摘んで手短に口にした。それは、鷹通の罪が濡れ衣であったことを、正式に確認したという内容であった。 「あの、アクラムという人は・・・」 「・・・・・・未だ」 見つからない、という言葉を、友雅は敢えて声に出すことをしない。 焼け残った館の跡から、アクラムの衣服や仮面の欠片が見つかりはしたものの、遺体らしきものは一向に見当たらなかった。 あの時、扉の向こう側で、どのような出来事が起こったのか、誰も知りうる者は居ない。唯一の目撃者で、当事者であろう、頼久という細工師は「誰とも遭遇しなかった」と言う。その真偽を質す者も居らず、総ては闇に葬られたかのようであった。 「あの、では、私が無実であるという証明はどのように」 「母君だよ」 アクラムの実母は、都から離れ、空気の澄んだ山間の病院で療養生活を送っていた。アクラムの父に嫌疑の掛かった、あの大火で、煙を激しく吸い込み体調を壊した彼女は、世間から隠れるように、自ら田舎に引きこもって行ったかのようにも思える。 病の人間相手に残酷かとも思ったが、友雅はことの顛末を包み隠さず告げた。 燃え残った仮面を手渡すと、アクラムの母は黙って立ち上がり部屋を去る。しかし、さほどの時間を空けずに戻った。その手の中には、両掌よりやや大きい程の木箱を抱えて。それを友雅に差し出すと、まるで、全てを知っていたと言わんばかりに深々と頭を下げる。 あの子の左目の火傷は、私を庇って出来たものです。そう呟くと、ただ黙って仮面を握り締め、涙を零した。 開いた木箱には、幾重もの布に覆われた金のブローチが、隠れているのに見つけて欲しいと訴えるように、静かに眠っていた。 「あの、その母君にはお咎めは」 「ないよ」 残酷だが、あの病から行けば、そうは長く生きることはない。この上、息子までも失くした彼女に、制裁の必要などどこにあろうか。鷹通に告げることはしまいと思いながら、友雅は心中で苦い笑みを漏らす。 「それはそうと、友雅殿」 このような場所に、こんな時間まで、宜しいのですか。 幸鷹を演じていた鷹通には、友雅が決して時間を持余している人間でないことを知っている。あのような大惨事の後、自らが外を回っている時間などあるまい。 「迷惑?」 「そのような」 「よかった」 「・・・・・・・・・・・・」 不思議であった。 半ば強引に引き結ばれた関係であるのに、鷹通にとって、幸鷹の身代わりとして友雅の傍にいる時間はいつしか苦痛ではなくなっていた。 寧ろ、この穏やかな微笑みが傍らにあれば安堵し、その顔が曇れば支えたいとも感じた。 だがそれは、自分があくまでも『身代わり』を務めていたからである。友雅に取ってみれば、天の総督であるからこそ迎え入れ、『幸鷹』と思えばこそ、関係を求めた。 再び幸鷹と入れ替わる、否、元に戻る事は必然。もう、星のように華やかな、このひとの横に立つのは、自分ではない。 断腸の思いで傍を離れたのに、当の本人はと言えば。 「君に嫌われては困るから」 「またそのような」 いつも、誰にも、このような態度である。 「しかし、本当に大丈夫なのですか?」 「心配はないよ」 切れ者の補佐がいるので、ね?とからかうように微笑む。 「幸鷹さんに押し付けて来られたのですか?」 「安心して任せて来ただけのことだよ。それに」 「・・・それに?」 「『総督』は、現在、療養中だからね」 「療養中?」 ジェイドの怪我の具合を考えれば、自分が負傷したことにして治療してもらえば良いと友雅は提案した。総督の負傷とあらば、最新の治療が受けられる。しかもその間、幸鷹も彼の面倒を見ることが出来る。 ただ、それが大いなる建て前であることは、他ならぬ友雅自身が一番よく判っていた。 「そう、『療養中』」 それを察しながらも、乗ったふりをする幸鷹も、相当切れ者とみた。 「だからね、いくらでも時間はある」 「あの、療養とは?どこかお加減を?」 「・・・・・・・・・・・・あぁ、重症なのだけれど」 甘く微笑みながら、鷹通をふわりと抱き込む。 「・・・・・・・・友雅殿?」 「鷹通」 「・・・・はい?」 「看病してくれまいか」 「・・・私がですか?」 「そう」 「何故、私に」 「君にしか、治せないのだから」 「私にしか?あの、私は医学の心得は・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 友雅は思わず、ぷっと噴出す。 「友雅殿?」 さて、どうやってこの愛しい光を持ち帰ろうか。 「本当に、重症のようだ」 まぁよい。考える余裕は、きっと大いにあるのだから。 腕の中の白い額に、そっと唇を落とした。 20051113 |
■ END ■ 長々とお付き合いありがとうございました! 後は・・・番外篇(おい) |
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