君といたい |
「・・・・・っ、あ・・・・・」 背筋に舌を這わすと、吐息が漏れた。 女の柔らかな吐息とは違う、明らかな深い声。 「・・・・・・・・うぁ・・・・・・」 「・・・・鷹通・・・」 「・・・・・・・・・・・ん・・ッ・・・・」 「・・・・・・鷹通・・」 名を呼んでも、返事はない。 「・・・・・・・ッ・・」 押し殺したようなうめき声が、しんとした空気に溶ける。 「・・・鷹通」 三度、その名を囁くと、再びその感触を楽しむ為に指を滑らせた。 夏のしっとりした空気が肌に纏わりつく。朝の陽が昇ると、一層熱気が上がるのだろうと思うと、うんざりする。 しとしと降る雨の音が庭樹の葉に当たっているのだろうか、まるで幼子の弱々しい爪で琴を弾いているようだ。 自分の隣からするりと立ち上がる影を、 「鷹通」 友雅は呼び止める。 「どこへ行く気かな?」 「・・・・出仕です」 床に散らかされた着物に袖を通す。 「こんな雨の日に?」 「雨だから出仕しなくても良いと聞いたことはありません」 いつもなら女房を呼び手伝ってもらうのだが、呼んだが最後だと思うと鷹通は自分で身支度するしかなかった。 まさか、橘少将がこのような姿で自分と褥に居たとなれば、もう内裏に顔を出せない。生真面目な鷹通は、このような類の冷やかしが一番嫌いであった。 「しかし、足場も悪いし、車も上手く回らないだろうね・・・・」 ごろりと身体を動かすと、友雅は腹ばいになる。両手に顎をのせ鷹通をじ・・・、と眺めた。 「そういうのを言い訳というのです」 「厳しいね、君は」 ふふ、と微笑みながら着物を纏ってゆく若者を再び眺めた。 貴族の者にしては手馴れた動きで帯を結ぶものだ、と友雅は感心する。それは如何に鷹通が総てを自分でこなそうとしてきたかの表れでもある。 「友雅殿もはやくお支度なさってください、女房がやってきます」 「私は見られても構わないのだがね」 「貴方が構わなくとも、私が構います」 そう言うことで友雅の尻を叩こうとするのがとても良くわかる。 もしこれが女ならば、今日は雨でしょう、こんな気象ではお仕事もままならないでしょう、そう言って自分を呼び止める。 そして再び口付け、自分を寝屋へと誘う。 可愛い素振りを見せ、愛らしい声を上げ、またいらしてね、今度はいついらっしゃるの、と媚を売る。 仕方がないのかもしれない。 姫君達は一人では生きて行けない。父親や夫、愛人の後ろ盾あってこその雅やかな日常なのである。 『糧』のために男に媚を売る姫もいるが、大半の姫は自分の贅沢のために媚を売る。 しかし、友雅が見てきた女はもっともっと性質が悪かった。 姫には夫や恋人が必ずいる。それでも、まるで嗜みと言わんばかりに男を寝所へ招くのだ。 その相手が良い男なら尚一層自分に『はく』が付く。 いやらしいまでの、貴族の女。 鷹通には、当たり前だがそれがない。 自分で生きていかねばならない『男』で、自分や他の男に縋っておこぼれを貰う必要などないのだから、当たり前である。 再び仰向けに転がると、首だけ鷹通に傾ける。 「友雅殿、いつまでそのような格好で・・・」 自分を叱咤する声。 「・・・・・友雅殿?」 悪いものは悪いと、叱咤する声。 「どうされたのですか・・・?」 優しく、甘く、響く声。 「友雅殿?」 この自分の真正面に居る若者に、これから先、自分がどこまでのめり込んで行くのだろう? 「鷹通」 諸手を上げて、屈する自分が見える。 「・・・はい?」 敵わない。 「おいで」 「・・・・・友雅、殿・・?」 両手を広げ、友雅は再び褥に鷹通を導く。 「おいで、鷹通」 その呼びかけの意図を察した鷹通は、友雅から目を逸らした。 「・・・・・・・いけません」 下唇を噛みながら、気恥ずかしさを隠そうとする。 「お願いだ、鷹通」 懇願するような友雅の眼差し。 「・・・友雅・・ど・・の」 少し、恐怖さえ感じる。 「君といたい」 細い、針のような言葉。 引っ張られる。 鷹通は直感した。 この大人びた微笑みの中にある『何か』は、明らかに自分を手繰り寄せる。 自分は、とんでもないものを招き入れてしまったのかもしれない。 「おいで、鷹通」 妖に魅入られたように、鷹通は広げられた腕に倒れ込んだ。 ■END■
2004.6.30
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