恋ノヒゲキ





「・・・・まったく、おかしな話だと思わないかい?」
「何がですか」
 幸鷹はさらりと聞き流した。
「君との出会いが、悲劇の始まりなのだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 翡翠がよく掴めないのはいつものことだが、時々本当に突拍子もないことを言い出す。
「私にとっては喜劇ですが?」
「・・・・・冷たいねぇ」
 だからまともに相手にしようなどと幸鷹は微塵も思っていなかった。
 何時の間にか当たり前のように幸鷹のマンションでコーヒーを飲む姿も、最近ようやく見慣れてき
た。リビングダイニングに置かれた大きなベージュのソファに転がる姿は、巨大な猫のようにも思え
るくらいなのだから。
「これでもねぇ、私は女性に人気があるのだよ」
「そうですね」
「話術も巧みだし、話も面白いと思うのだよ」
「そうですね」
 適当な相槌を打ちながら、指は目の前のキーボードに走らせる。夕方までに、これを仕上げてしま
いたかった。
「あぁ、あとね」
「はい?」
 翡翠は思い立ったように呟く。
「セックスも上手い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 一瞬、指先が止まる。だが、
「そうですね」
出来るだけ普通にそう言うと、幸鷹の指は再びキーを叩き始める。
 ふぅん、と言うようにその背中を眺めると、翡翠は再び何か呟き始めた。
「これ以上、どうすればいいの?」
「何がです?」
「君にもっと好きになってもらうには」
「・・・・・・・・・さしあたって、それ以上余計なことを言わないことですかね」
 気が散ってゆく一方の環境に、一計を投じた。
「何が足りないと思う?」
 だが全く効果はない。
「・・・・・・・・・・・・・・」
 この時点で、幸鷹は「夕方までの完成はありえない」と見切りをつけた。こうなったら、この茶番にと
ことん付き合ってやろうと、椅子を翡翠の方に向けて回転させた。
「今一番足りないのは、遠慮という心持ですか?」
「遠慮しててはカメラなど握れない」
「では、安定した身分」
「それは無理なのだよ・・・・何しろ、生まれ変わる時に差し出してしまった」
「・・・差し出した?」
「『身分などいらないから、運命のひとに逢わせてくれ』と頼んでしまったので、私には一生安定した
 肩書きはつかないのだよ」
 真顔で答えるあまりの馬鹿馬鹿しさに、幸鷹はしばらくぽかんと翡翠を見詰めたが、ソファに横た
わりながら、ん?と首を傾げる姿が毛づくろいをしている猫のようで、思わず、ぷ・・・と噴出した。
「笑ったね?」
「・・・・あまりに馬鹿なことばかり言うからです」
「これで、また記念日が出来てしまったじゃないか」
「記念日?」
 気だるそうにソファからその身を起こし、立ち上がった翡翠はゆっくりと幸鷹の座る場所まで近付
いてくる。
「幸鷹が笑った顔を見て切なかった記念日」
「・・・・・・馬鹿馬鹿しい」
 そう言いながら、再びぷ・・・と噴出した。
「記念日のお祝いをしていいかな?」
 良からぬことを考えている気味の悪い笑顔だと幸鷹は思った。
「何を」
 言いかけた瞬間に、顎を持ち上げられる。

 その先の言葉は、塞がれた。

 
 今日中に終わらないかもしれないと、幸鷹は思った。





2004.10.19

連載のヤツを書こうとして
失敗したものを変形させてみました(笑)

当サイトはリサイクルしてます(おい)



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