心の扉


 蒸し暑い空気に、ふと寝苦しさを感じて鷹通は目が覚めた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
 蒸し暑い訳である。
 夏の終りに、大の男が二人で寄り添って眠っているのだ。
 秋口の寝苦しさを考えれば、この暑さはまだ幾分かましだとは思うが、この時期に誰かと共に眠ることをしなかった鷹通にとっては、比べることが出来なかった。
 自分の隣で聴こえる、規則正しい寝息。

 何故、自分なのだろう?鷹通は考える。

 少し緩やかに癖のついた友雅の髪が、鷹通の頬をくすぐった。ご丁寧に自分を引き寄せるように肩を抱いたまま、眠っている。こうやって女性(にょしょう)とも眠るのだろうか。

 橘少将が泣かせた女は数知れず。

 内裏では、友雅の噂は実しやかに囁かれていた。その方面に疎い鷹通の耳にも入ってきた位なのだ。余程、浮名を馳せていたに違いない。
 だが、友雅には北の方もなければ、約束を交わした姫もいなかった。普通、あの年齢で一人も妻がいないというのは妙である。余程、悠々自適に過ごしたいのであろうか。
 中には同性でないと恋愛の対象にならないという人間もいるのだが、あれほど女遊びをしておいて実は男が好きという落ちはなかろう。
 八葉として、白虎として行動を共にするようになってから、噂も相まって、鷹通はつい意識して友雅を見てしまっていた。
 実際、様々な場所で、友雅を見るたびに女性達は色めきたった。
 だが、当の友雅といえば、決してすべての女性に優しく平等ではないように見える。

 可愛い人は気質がわがまま
 血筋の良い人は人柄よりも周りが煩わしい
 上品な人は学識が高く気が抜けない
 心優しい人は味気ない

「女性からみれば、私はとても冷たいのだそうだよ」

 呟いた友雅の顔を、今でも思い出す。

 その瞬間に、鷹通はふと悟った。
 冷たいと言うよりも、友雅は『何か』に嫌悪しているのではないのか。

 恋愛という事柄事態になのか、女性という人種になのか、それとも他の何かなのか、まだ判らなかった。
 どちらにしろ、嫌悪しながらもあんなに多くの女性と夜を過ごすのか。鷹通は思わずそう問いたくなったが、勿論飲み込んだ。

 このひとにとって、好みの女性など本当にいるのだろうか。

 そんなことを疑問に思っている最中、気付けばこんな関係になっていた。

「・・・・・暑い・・・」
 ぽつりと呟くと、自分の肩に被せられていた大きな掌をそっと退ける。肌蹴ている夜着を掻き合わせ、躯を起こした。
「・・・・・・・・・・つ・・・」
 瞬間に、腰から下腹にかけて鈍い痛みと、例えようの無い重さを感じる。だが、立ち上がってしまえば最初の痛みよりは幾分か楽なようであった。
 さすが、と言うべきか。
 自分は女ではないので、普通は躯が持たないであろう。それがこの程度なのは、友雅が慣れているからだと思う。
 同性にこういった事をするのは初めてだと友雅は言っていたが、当の鷹通だとて、同性にこんなことをされるのは勿論初めてであった。だが、今更ながらとても・・・・悦いと思ってしまったことが、多少、否、かなり羞恥を煽る。

 何時の間にか髪も乱れ解けているが、眼鏡がどの辺りにあるのかもままならないので取り合えずそのままで御簾に手を伸ばし潜り抜けた。
 蔀を開けると、まだ陽が昇りきっていないためか部屋の中よりも幾分か涼しいと感じる。
 縁側に腰を下ろすと、ふと庭木が目に入った。庭の木々には若葉が色づいている。さほど手入れなどしていないが、もう暫くすれば芽吹く花もあるだろう。

 何故、自分なのだろう?改めて鷹通は考える。

 あんな風に抱かれれば、女性は友雅の虜であろう。とても整った顔立ちをしていて、例え橘とはいえ、帝の憶えもめでたい彼は、そう贅沢さえ望まなければ将来もそれほど不安はあるまい。
 だが、女性は友雅を冷たいと言う。

 友雅が自分を求めてくる様は、とても冷たいとは思えなかった。
 これでもかと言わんばかりに、熱く激しく自分を劣情に巻き込む。

 冷たくなど、ないのに。

「おはよう」

 背後から響く、甘い声にふと振り返る。
「ふふ・・・まさか先に寝所を出てしまうなんて思わなかったよ」
 乱れた前髪を掻き上げながら、友雅は鷹通の隣に腰を降ろした。 
「私の屋敷ですから、大人しくしている道理もありませんし・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 一瞬、友雅は目を丸くする。
「・・・・・・・・まぁ、そうなのだが・・・ふふ・・・」
 すぐにいつも浮かべているゆったりとした微笑に変わった。

「今日は、よく眠れたよ」

「そうですか、それは良かった」
 いつもは眠れないのだろうか。友雅の言葉からそんなことを思う。だが、自分の元ならゆっくり休めたということで、まぁ良しとしよう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんなことを考える自分に、思わず鷹通も、ふふ、と笑みが漏れた。
「何が面白いのかな?」
 友雅は子供のように鷹通の顔を横から覗き込む。

「・・・・・・・・・・・・・内緒です」

「おや、意地悪だね・・・鷹通は」

 再びふふ、と互いに微笑む。


 なぜ笑いたくなるのかなんて、自分にも判らない。
 だが、ほんの些細なやり取りで友雅が自分を信頼してくれているのが判った。
 女のような柔らかい胸も愛らしい仕草も自分にはない。それでも友雅が自分を選んだという事実があり、それを受け止めた。

 何故だか判らないが、嬉しい。

 だから、取り合えず微笑みだけ。

「今朝は思ったより涼しい・・・このまま美しい緑の庭木を眺めていたいものだね」
「いけません、ちゃんと出仕なさってください」
「・・・・・厳しいことを言う・・・・」
 ぴしゃりと言いきる鷹通に、友雅は苦い笑みを浮かべる。
「私と離れるのが寂しいとは思わないのかい?」
「・・・・・今生の別れでもなさるつもりですか?」
「まさか」
「ならば、出仕なさってください」
 再びぴしゃりと言い切られ、友雅も再び苦笑するしかない。

「鷹通は冷たい」
「貴方が女性にするほどではないです」
「・・・・・・・・・言うね」
「本当のことですから」
 鷹通はあっさりと返すと、滅多に見せない少し意地悪な微笑みを浮かべた。

「・・・やれやれ、とんでもないものに手を出してしまったか」
 小さく呟きながら、
「何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何も」
友雅は再びふふ、と微笑んだ。

 久々に、心から漏れる微笑。

 この十以上も歳の離れた若者との、気の置けない会話がこれほど楽しいとは。

「ふふ・・・全くわからないものだね・・・」

 今はただ、互いの心の入口をコンコンと叩いてみよう。


 取り合えず、それだけで。


 鷹通は御簾の内側へ入ると、外に声を掛ける。

「友雅殿、朝餉を用意いたしますよ」


 先ほどよりも温度の上がった空気を少し吸い込むと、

「あぁ、行くよ」

友雅は、御簾越しの影に微笑みかけた。




END

2004.6.15

友サマ、ご生誕記念。


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