眠る森[13]


 同じ階段、同じ廊下を渡り、同じ赤い部屋に案内される。
 確か、一階の廊下の脇にもひとつだけ部屋があったように思う。二階には、部屋はここひとつだけのようで、この屋敷は、一体一日に何人の客が取れるのだろうと、そして、あの子は何人の客を取らされるのだろうと、無粋な疑問を頭に巡らせながら、玄武と朱雀の戸に足を踏み入れた。
 もしも、今夜もあの子だったのなら。
 私は最後まで抱いてしまおうと思っていた。
 それが、この館の禁忌であることは充分に承知している。
 それに、自分の躯がどこまで機能するかは判らない。
 それでも、あの、熱を感じた時の、衝動。あの、組み敷き、胸に触れた時の鼓動。あの、綺麗に眠る唇を見た時の、情動。
 自分の過去を思い出しさえしなければ、奮い立っていたかもしれない。
 そして、鏡あわせの男が「眼鏡の痕」と言ったことが、私の中に渦巻いていたもやもやを、どんどん大きくしていったのだ。
 だが、今日はあの子ではない。そんな、ばかばかしくも大それた野望を抱いてここまでやってきた自分が、少し憐れになった。
 カラリと開いた、龍虎の襖の内の光景に、私は眼を丸くした。
 今夜の子は、確かに幼かった。
「では、失礼いたします」
 若者が去ると、私はまじまじと眠れるその人を眺める。
 深紫の長い髪を、枕の上方に置いた髪箱にのせ、唇を薄らと開けたまま大きく呼吸して眠っている。
 今夜の子は、少女であった。
 布団のふくらみからも察することが出来るように、先日の少年の半分よりやや大きい程度に、敷布団を占領している。
「この前は少年で、今度は幼い少女・・・」
 馬鹿にされているのか、それとも普通の若い女を置くと、万が一にも男としての目覚めがあるといけないと計算しているからなのか。
 少女は、う・・・ん、と小さく息を漏らすと、仰向けていた小さな身体を、左肩を下に横たえた。
 正面から見ると、益々幼さを匂わせる。恐らく大きいと思われる瞳を伏せた瞼に、うっそうと睫がしな垂れていた。長くて、柔らかそうな睫だった。小造りな鼻と、小造りな口が、顔にちょこんとのるように付いており、愛らしさを添えている。
 身体を竦めるように、再び動く。布団が微かにずれ、白くて折れそうな肩が覗いた。
 私は前と同じように浴衣に着替えると、今度は最初から布団に潜り込んだ。
 めくった中にあるのは、やはり、白くたおやかな肢体であった。成熟しきらない、幼くも美しく、そして明らかに、女の躯。
 ん、と少女は喉を鳴らす。無意識なのか、私の肩に体を寄せてきた。この前の少年よりも、遥かに体温が高い。
 歳の頃は、十くらいだろうか。下手をすれば、これくらいの娘がいたとて、私はおかしくはなかった。
 それがまた一層の罪悪感と、それに重なって、この屋敷の後ろめたい雰囲気を私の背にしっかりと植え付ける。
「・・・寝ているの?」
 当たり前の事を聞くが、これも当たり前のように返事はない。
 彼女に声をかけるという行為は、好奇心の狭間に見え隠れする、背徳を誤魔化す事への据げ替えだった。
「ねぇ、眠っている?」
 少女の髪に指を差し入れ、その感触を楽しむ。先日の少年は、この子よりも髪が短かったから、すぐに指の隙間からはらりとこぼれ、掴めなかったが、今日は違う。長い髪は絡みつき、まるで束縛するようにひとつひとつの指の節を捕らえた。
 横たわっている少女に、圧し掛かるように覆いかぶさる。左手に髪を絡めたまま、その掌を布団につき、自分の身を支えると、
「起きないのかい?眠っているの?」
 右手で少女の肩を揺すってみた。
「起きて?」
 少女は、いや、いや、と言うように首を蠢かせ、うーん、と鼻から声を漏らす。私は構わず、少女を更に揺すった。
「ねぇ、起きて?」
「・・・・・め、・・・・だめ・・・・・」
 微かに、少女の唇が動き、鈴のような声を漏らした。
「起きたの?」
「・・・・だ、め・・・・・目を・・・・さまし・・・て・・・」
く、だ、さ、い、ま、せ。
言葉尻は掻き消え、唇の動きのみであった。少女の口から、また規則正しい寝息が漏れ始める。
 寝言か。私は揺すっていた肩から手を離し、髪は掴んだままに再び彼女の隣に寝転がった。
 髪の毛が私の掌の汗を吸って、どこかしっとりとしている。それなのに、何故だか絡めたまま、解放したくないと、心のどこかで焦りがあった。
 何だろうか、以前もどこかでこんなことがあったように感じた。
 そんな懸念をよそに、濡れるように艶やかな唇から零れる息遣いは、甘やかな華の香りを思わせた。そのまま指先に捕らえた髪を自分の口元に引き寄せると、少女の息を一層強めたような、甘美な空気が漂う。
 私の中で、一度鳴りを潜めた野望が、鎌首をもたげ始める。
 以前、あの少年に出来なかった事を、この少女にしてしまったら。
 どうなるのだろう?
 少女は嘆くだろうか?決して禁忌を犯さないはずの男に、自らを汚されてしまったと知ったら。
 あの案内人は?禁忌を犯した私を、殺してしまうかもしれない。




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2005.07.21


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