失われた眺め
名前は、魔法だ。
「やあ、ハリー」
「元気かい、ハリー・ポッター?」
そうやって、見ず知らずの人間に声を掛けられる度に、そう思う。
いつのことか、図書館で読んだ本を思い出した。
人生で、最初に掛けられる魔法は『名前』である。
名前という呪文が、その嬰児の一生の柵。
そう言えば、ハグリットは、二度と呼びたくない名前を一度だけ教えてくれた。
両親を殺したらしい、悪の魔法使い。
名前すら呼ばれない『例のあの人』に比べれば、呼ばれるだけ幸せだったのだろうか?
それでも、
あの家に居た頃は、この名前が大嫌いだった。
「ハリー」
そう呼ばれる度に、次は何をされるのか、させられるのか脅えながら生きていた。
まるで、奴隷と化す呪文のようだ。
あまつさえ、呼ばれる毎に、自分は惨めな生き物になってゆくような気がした。
でも、その名前が誇れるものなのだと聞かされた時は、夢を見ているのかとも思った。
「この世界で、お前の名を知らぬものなど居ない」
その瞬間、この名前は呪詛から祝福へと姿を変える。
いや、違う。
姿を変えた気がしたのだ。
ダイアゴン横丁で立ち寄った『漏れ鍋』は、益々 [それ] を錯覚させる。
皆が、自分の名前にどよめき、色めき、浮き足立つ。
こんなに [この] 名前がもてはやされたのは、勿論、生まれて初めて。
その「生まれて初めて」は、すぐに当たり前のことになってしまうのだが。
『マダムマルキンの洋装店』に一人で入った時に、本当の「生まれて初めて」に出会った。
そして、それは最初で最後となるのだ。
その青白く、あごのとがった男の子は、気だるそうにローブの仕立てに身を任せていた。
「やあ、君もホグワーツかい?」
そう声を掛けられた瞬間、
「うん」
答えながら、弾かれるような感覚が過る。
この子が、初めてだ。
今まで、誰しも自分の名前に捉えられていた。
マグルは、ダーズリー家の影響で自分の名を聞くだけで、蔑み、嘲笑う。
魔法族は、両親の七光に踊らされ自分の名を聞くだけで、敬い、持囃す。
「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその先で杖を見てる」
気取った喋り方で少年は箒の話をしている。
偉そうな口調はダドリーを彷彿させるが、そんな事は些細なことであった。
この子は、自分の名を知らない。
今、この瞬間、自分という本質だけで話をしているのだ。
そう思うと、胸が高鳴った。
少年からの質問に、ううん、うーん、とだけ返しながら、もっとマシな返答が返せないのかと
情けなくなってくる。
仲良くなれそうには無いが、初めて自分個人と話をしたこの少年に、激しく心が動かされた。
だが、
「君、家族の姓は何て言うの?」
その質問に、一瞬ぎくりとする。
「さあ、終わりましたよ、坊ちゃん」
差し込まれたマダム・マルキンの言葉は好都合だった。
多分、自分の名はこの子を変えてしまうから。
踏み台から飛び降りた自分に、
「じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね」
と口元に笑みを浮かべる少年に、軽く手を挙げ店を出た。
また会おう、柵の無い知人。
でも、僕は知らない。
その少年も、次に会う時には既に『名前の魔法』に囚われているのに。
某オトモダチのサイトに贈ったハ○ポタ文です。
キャラへの理解がイマイチだったんで
ちっとも面白くないのがキツイっす…。
ちなみに、も一個あるんですが、見たいですか?
見たいなら、コチラへ……。
2003.5.7
2003.11.11修正
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