月齢24.5







 甲板に出ると、「あれ?」という顔をされた。
「国守殿に会いませんでしたか?」
「幸鷹がきたのかい?」
「ええ。聞きたいことがあるってんで船倉の方に通しましたけど」
 国守とその地に根を張る海賊では、埋めても埋めきれぬ深い溝
があるはずなのだが、ずいぶんお互い無警戒なことである。
「ねえ。ひとつ言っておきたいのだがね?」
「へえ」
 綱を引き上げながら、部下が答える。
「船倉には、昨日いただいた、荷物があるはずだよね?」
 甲板の上が、一瞬にして凍りついた。
 全員が手にしていた仕事を放り出し、船倉になだれ込んだ。
「国守殿―――ッ、そこにはなにもありません――――ッ!!」


 見事に宝物庫に行き当たった幸鷹は、積み上げられた財宝の
前で、静かに立ち尽くしていた。
 そろそろと中を確かめる部下たちを散らして、私は後ろ手に扉を
閉めた。
「来ているなら来ていると、声をかけてくれればいいのに」
「・・・・・・」
「説教をしたいのならば、聴くだけ聴くけれど?」
 背後に寄りかかり、腕を組む。
 幸鷹はなにも言わなかった。
 国守として、海賊という行為を認めるわけにはいかない幸鷹
は、それでも海賊である私たちと、まるで友人のように付き合う。
生真面目に話を聞いて、冗談も冗談と受け取れず、からかわれ
ては本気で怒った。だからこそ、ためらいなく笑うこともできるよう
になったのだろうか。
 甲板がにぎやかだな、と思うと、幸鷹が部下たちと笑いあって
いることも、珍しい光景ではなくなった。
 口では相変わらず海賊行為についてうるさかったけれど、それ
でも幸鷹は、頭のどこかで私たちが海賊であることを、忘れてい
たのかもしれない。いまこうして、目の前に証拠物件を見せつけ
られて、気持ちが対処しきれないのかもしれなかった。
 しばらくして、ぽつりと呟いた。
「おまえはなにが欲しいのですか?」
「? なに?」
 聞き返すと、体をくるりと私に向けて、熱っぽく詰め寄った。
「欲しいものがあるのではないのですか?」
「なぜ?」
「海賊の運営資金としては、この量は多すぎます」
「そうでもないよ〜? こづかいはやらなくてはいけないし、船の
整備もただではないし、たまには陸でどんちゃん騒ぎをするし」
「最後の項目はどう考えでも不必要です!」
「いやあ? 町にお金を落すのは町のためになるし、精神を健全
に保つためには、たまには必要なことだと思わない?」
「思いません!」
「幸鷹はどう対処しているの?」
 どんッ、と船が揺れるほどの音がした。
 垂直に立った私の前で、幸鷹はにっこりと笑った。
「木靴を馬鹿にしないでいただきたいですね?」
 鼻息も荒く、私の足の甲から靴を離した。
 両手で右足を持ち上げ、息を吹きかける私に、冷ややかな眼差
しを向けた。
「おまえは奪い過ぎです。それでなにか欲しい物があるというなら
ば、まだ納得もできますが、無駄に奪うなど、海賊の風上にも置
けない」
「海賊というものは、普通そういうものだと思うのだけれど」
 浅履がもう一度持ち上がったのを見定めて、私は体を引いた。
「欲しいものはなんですか? 物でなくてもいい。教えなさい。そ
れが手に入れば、あるいはお前は、海賊という行為を考え直すか
もしれない」
「そうかい?」
「そういうものです。なにかあるでしょう?」
「ないね」
「そんなはずはない!」
「では訊くけれど、幸鷹はなにが欲しいの?」
「私は別に・・・」
 と言ったあとで、私の視線にぶつかった。はっとした様子で、
「待ちなさい!」と叫ぶと、額に手をあて、必死に考えだした。
「なにかあります! ええっと、紙っ・・・はこの間手に入れたし、
墨もありますね」
 しばらくうんうん唸っていたが、唐突に手を打った。
「本!」
「なんの?」
「『同学自問』という本を探しています」
「・・・それならば、私の実家にあるな」
「本当ですかっ?」
 目を輝かせたが、私がにやにやしているのを知ると、強く咳払
いした。
「私のことはどうでもいいのです!」
「残念だな、興味があるのに」
「私はお前に質問しているのです! 考えなさい。なにかあるでし
ょう?」
「欲しいもの、ねえ・・・」
 髪をいじりながら、わざとらしく言ってみた。
「ああ。ひとつあるな」
「なんです?」
 顔を近づけた幸鷹の、耳元に囁いた。
「君が」
 どんッ、と二度目の地響きがした。












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