金色の天と白銀の星



■ 金 U ■



 鷹通の家は、小さな金細工の工房であった。  父から譲り受けたこの店を、父の愛弟子であった頼久と共に護る。
決して裕福な生活では無かったが、鷹通に取って日々が充実して
おり、心は満たされた毎日であった。
 そんなある日のこと。
「こちらを、手入れしろ」
 それは、『星の都』の総督府からの使いであった。
 金を型に流し込み作られた、円形のブローチ。周りを葉を模した
飾りが縁取るように細工され、中央に虎の横姿が施されていた。最
初は鍍金かと思ったが、手渡された瞬間に純金であることがはっき
りと判った。掌にすっぽりと収まってしまう程の大きさでありなが
ら、ずっしりと感じる重厚感に、鷹通はこの細工にかけられた手間
と金額を想像し、少し背筋が凍った。
 この星の都では金の採掘は僅かである。取り寄せたにしろ、かき
集めたにしろ、恐らく天文学的数字がかけられているに違いない。
「総督が和平の証として天の都に捧げるもの、決して粗末に扱わぬ
 ようにな」
 まだ歳若い勅旨は、小ばかにしたように鷹通に命じた。金の髪を
耳下で切りそろえた、どう見ても子供のような少年であったが、確
かに勅命を拝している。
「畏まりました」
「7日後に受け取りにくるからな」
 ふてぶてしい態度の使者に、鷹通はいやな顔ひとつせずに、笑顔
で受け答えした。そんな鷹通の姿を、頼久は不憫に感じながらも、
その優しさに心動かされずにはいられなかった。
「素晴らしい細工です・・・・こんな高価なものは初めて拝見します」
「・・・えぇ・・・本当に」
 頼久の洩らした言葉に、鷹通も惜しみなく賛同する。
「天の都への和平、ですか・・・これで、少しでも世情が落ち着く
 と良いのですが・・・」
「そうですね」
 鷹通の呟きに、今度は頼忠が賛同した。
 天の都と、この星の都は、100年もの間ずっと諍いを繰返して
いる。鷹通の父であり頼久の師であった人物が、戦場に駆り出され、
そのまま帰らぬ人となってしまったのは、3年前の事である。
その直後、停戦が公約されたものの、一触即発の雰囲気は否めず、
小競り合いが続いているのも事実であった。
「さぁ、頼久・・・この虎を美しくしてあげましょう・・・・二つ
 の都の和平のために」
「はい」
 本当に平和な時が来れば良い。二人は真に願いを込めて、この虎
の金細工を磨き上げた。

 7日後、同じ使者がブローチを引き取りにやって来た。
「出来たか?」
「はい、こちらに」
「ふん、よし・・・手間賃は後で届けさせる、行くぞ!」
 鷹通が差し出したものを、よく確かめもしないまま木箱にしまい
込むと、使者はそのまま礼も言わずに踵を返した。その不遜な態度
に、内心頼久は腹を立てていた。それは、自分のためではなく、無
下に扱われた鷹通が不憫であると思ったからである。だが、それを
口にすることを鷹通は嫌う。
「ひとにはいろいろと事情があるのですよ」
 そう言って、この優しい店主はいつも微笑むのだ。
 決して表には出さなかったが、頼久は鷹通に大きな想いを抱いて
いた。いつか、この気持ちを口にする日が来るのだろうか。そう思
いながらも、頼久は自分の感情をしっかりと封じていた。

 そして次の日、鷹通の運命は大きく暗転することになる。

「主!!これは一体どういうことだ?!」
 先日の使者が、もの凄い勢いで店内に飛び込んで来た。渉外から
戻ったばかりの鷹通は、着替えも済まないマントを羽織ったままの
姿で戸惑いながら使者を迎える。
「これは使者殿・・・一体どうされ・・」
「どうもこうもない!!」
 鷹通の言葉を遮るように、使者の少年は声を荒げた。
「あのブローチをどこへやった?!」
「どこ・・・と・・・・・先日、お返ししたではありませんか」
「ふざけるな!!」
 使者は怒りのあまり、店内に展示してあった金のスプーンを掴み、
石造りの床に投げつけた。カシャーーンという大きな音が隣家まで
響き渡る。その音に、奥の工房にいた頼久が慌てて店先へと駆けつ
けた。
「・・・一体・・?!」
 声を掛けようとしたが、店内を使者と数人の兵士が陣取っている
のを見て、頼久は言葉を呑んだ。ゆっくりと鷹通に近付き、使者と
の間に割り込むように立つ。
「頼久・・・・」
「一体、何があったのですか?」
 鷹通を背後に、頼久は使者に再び問う。
「まだしらばっくれるか・・・・・この盗っ人め!!」
「・・・・盗っ人・・・?」
 予想もしない言葉に、鷹通は目を丸くした。頼久もあまりのこと
に唖然としている。
「あのブローチ、持ち帰り館の鑑定士に確認させたら・・・真っ赤
なニセモノだと言ったのだ!!」
「・・・・・・・・偽物?!」
 その言葉で、ようやく鷹通たちは使者の怒りの原因を知った。
「持ち出す前にも鑑定して、本物であることを確認している!入れ
替わったなら、ここしかありえない!!」
 自分達が、あの金細工を着服したと疑われているのだ。
「お待ちください!私達は誓って盗みなど・・・」
「うるさい、うるさい!!言い訳は聞かぬ!!早く本物を返せ!!」
 正に聞く耳を待たない幼い使者は、まるで駄々っ子のように鷹通
に罵声を浴びせた。
「使者殿!本当に私達は・・・」
「えぇい!!まだ言うか・・・お前たち、こいつらを捕らえろ!!」
 少年の一言で、背後に控えていた4人の兵士が一気に詰め寄る。
鷹通たちの話など聞く気は毛頭ないのが、この場にきて明らかに
なった。
「逃げてください!!」
 声と共に、頼久は一番近くにいた兵士に体当たりした。
「ここから!速く!!」
「・・・頼久!!」
「この連中は、最初からあなたに罪を被せるつもりだ!!今は逃げ
てください!!」
 そう言いながら、頼久は二人目の兵士の腕を掴み、一気に背負い
で投げ飛ばした。
「私もすぐに後から行きます!!」
 自己鍛錬で武術を学んでいただけあって、頼久の技は冴えていた。
「・・・・早く!!」
「・・・・・・頼久・・・」
 その声に押されるように、鷹通は店の奥へと駆け込んだ。
 逃げるなどと、絶対にしたくないことであった。しかも、頼久を
見捨てて。しかし、話が通じる相手ではないことも事実。鷹通は小
さく唇を噛む。頼久の努力を無為に出来ない。そのまま勝手口まで
一気に走り抜け、ドアノブに手を掛けた瞬間、
 ズキューーン
銃声が耳に飛び込んでくる。
「・・・・より、ひさ・・・・」
 思わず、その場を引き返そうとする。だが、
「逃げて・・・ください!!」
頼久の声が、再び響いた。鷹通の足はその場に凍りつく。先程の頼
久の声が耳に残ってこだましていた。
(・・・大丈夫、頼久は生きている。)
「・・・・・・っ・・・・・・」
 そう言いきかせると、鷹通はドアを開け一気に走り出した。

「・・・・鬱陶しい・・・・」
 そう言いながら、使者の少年は手の中の拳銃をジャケットの内ポ
ケットに戻すと、
「余計なマネを・・・この平民風情がッ」
足元に転がる頼久の腹を蹴り上げた。
「・・・・・っぐ・・・・」
 打たれた脇腹の真横に更に衝撃が加わり、今までに感じたことの
ない程の痛みが駆け巡る。どくどくと血が溢れ、意識が一気に朦朧
とし始めた。
「探せ!!あの店主を探して、ブローチのありかを白状させろ!!」
 少年の声が遠のく意識の中で響く。
「・・・か、み・・・・・・・ち・・・」
 どうか、無事に。
 そう祈りながら、頼久の意識は途切れ、その身体はぴくりとも動
くことは無くなった。









20050121





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