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■ 金 14 ■ 母屋に一度戻ると言ったジェイドと別れ、鷹通は与えられた自室に篭って考えた。 誤解とはいえお尋ね者のレッテルを貼られた今、少なくとも星の都に戻る訳にはいかない。頼久の事を考えれば、幸鷹の身代わりを続けた方が良いのだろう。だがそれは、この状況に敢えて追い込み、頼久という体のいい人質を取って、ジェイドが強いているようなものではないか。 このまま幸鷹のふりをし続けたとして、一番の不安は友雅であった。いい加減なように見えるが、切れ者でもありそうだ。あの星の総督を誤魔化しきれるだけの度量は自分には無いことも判っている。何より、養子縁組の意味を知った今では、余計に尻込みしたくなった。 考えが纏まらず、一人唸っていると、 コンコン 扉を叩く音がした。 「鷹通、今よろしいですか?」 「・・・・・あ、は、はい!」 思いがけない訪問を受け、鷹通は慌てて扉へ駆け寄り、開いた。 「失礼」 車椅子を器用に押しながら、幸鷹は部屋に入った。 「昨夜の宴は、ご苦労様でした・・・ジェイドから聞きましたが、 上手くやってくださったようですね」 「・・・あ・・・はい・・・・・・」 あれを上手くやったと言って良いものか、鷹通は苦笑いした。 「君には迷惑を掛けます」 不思議なものである。幸鷹の物言いは紛れも無く『上』から発しているのに、それが少しも厭味を感じない。以って生まれた気品というのか、それが当たり前のように馴染んでいる。 「星の総督に贈り物を突き返したそうですが・・・・」 「・・・・・・・・・・っ・・・・はい」 「ありがとうございます、一般の民だった君には勇気の要ることだっ たでしょう」 「・・・・・・・・・・幸鷹さん・・・」 本当に真っ直ぐな人なのだと鷹通は感じた。きっと、自分を身代わりに立てることも、心を痛めての結論に違いない。こんな人の身代わりをしている自分が、鷹通は恥ずかしいと感じた。友雅の贈り物を付き返したのは、自分の苛々からだったのに。 「・・・少し、表に出ませんか?」 幸鷹に促され、鷹通は頷いた。車椅子の背を押し裏口から出ると、幸鷹の指示する方向へと向かった。 舗装された道は海辺へ続くようで、進む毎に潮の香りが漂って来る。道が途切れ、その先にごつごつとした岩場が切り立った場所までやってくると、 「少し、車椅子を押さえておいてください」 「幸鷹さん!無理は・・・」 「実は、歩くくらいは出来るのですよ」 鷹通の制止をさらっと交わし、幸鷹は車椅子から降りる。時々ふらつくことはあるが、思ったよりもしっかりとした足取りで岩場を歩いて行く背中を慌てて追った。 岩場の先端にはザ・・ンと打ち付ける波の音と共に、押し寄せた飛沫が跳ねる。微かに強まった風の中に立つ幸鷹の様子に、車椅子の必要はないのではと鷹通は思った。 「ジェイドの心配が過剰なのです」 自分の心中を察したのか、幸鷹は微笑みながら呟いた。だが、その微笑はすぐに止み、いつもの厳格な顔が現れる。 「・・・君は、一日も早く星の総督の元へ行きなさい」 「・・・・・・幸鷹さん?」 「星の総督の元へ行けば、いくらでも自由になるチャンスはあるは ずです」 突然切り出された話題に、鷹通は戸惑った。 「私に、身代わりをこのまま続けろ・・・と言うことですか?」 「そうではありません」 「では何故?!」 「ここにいては、いけないからです」 幸鷹は鷹通の腕を掴むと、眉を顰め、一瞬苦しそうに呟いた。 「・・・・・・・・・・・幸鷹さん?それは一体・・・」 初めて垣間見るその表情。詳しい話を聞こうと口を開きかけたその時、 「幸鷹!鷹通!!」 恐らく二人を探しに来たのであろうジェイドが、車椅子の脇に立ちこちらに呼びかけていた。 声の方に鷹通が身体を動かした瞬間、掴まれていた筈の腕から、ふと掌の温かみが失われた。 「・・・・・・・・!」 「・・・・・え?」 バランスを崩した幸鷹が、鷹通の視界からあっという間に消えて行く。 スローモーションのように見える相手に必死で手を伸ばすのに、自分の動きも一緒に拘束されているようにゆっくりとしか動かない。届かない手が虚しく伸びる。 波の音なのか、幸鷹が落ちた音なのか、ザパーンという響きと共に、あっという間に幸鷹の姿は波に飲まれ、見えなくなった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 激しい波飛沫の中で、鷹通はその場に座り込む。 「どけ!!」 激しい声と共に、鷹通の身体が突き飛ばされる。何の躊躇いもないのか、ジェイドは海に飛び込んだ。 「・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・」 声にならない声で、その場で祈るように鷹通は手を組み合わせた。 幸鷹も、自ら飛び込んでいったジェイドも、未だ上がって来ない。時間にすれば数秒の出来事であろうに、鷹通には何十分にも感じられた。 ザァッと波間から、ジェイドの姿が浮かび上がった。だが、それは彼一人である。大きく息を吸い込む動作をすると、再び海へ潜る。 それを何度繰返したのだろう。五分以上経過して、何度目かにようやくジェイドが幸鷹を抱え上げて上がって来た。 「幸鷹さん・・・!!」 鷹通は立ち上がり、ジェイドに近い岸壁まで走った。幸鷹を抱えながら泳ぎ、岩場まで辿り着いたジェイドが叫ぶ。 「手を貸せ!・・早くッ!!」 その声に弾かれるように鷹通は手を伸ばした。ジェイドは海に浸かったまま幸鷹の身体を押し上げ、鷹通もそれを引っ張り上げるよう手助けする。うつ伏せた幸鷹の身体はぐったりと力なく、引き上げた時に触れた手も凍るように冷たい。 海から上がったジェイドは、素早く幸鷹を仰向けに返すと、左手を額に付け、右手で顎を持ち上げる。口元に耳を近づけ呼吸を確かめるが、 「・・・・息が・・ない・・・」 そう呟くと、幸鷹の鼻を摘みゆっくりと唇を合わせ二回息を吹き込んだ。が、反応が無い。それを三回程繰返したが、反応がないのか、ジェイドは眉を顰めながら舌打ちした。諦め切れるか、と呟くと、もう二回それを繰返す。 数秒、様子を見るがまだ息を吹き返さない。動かない胸周りを指先で探るとポイントを素早く見つけ、十五回程度心臓マッサージを続け、また人工呼吸を繰返す。 鷹通は、ただ黙って手際の良いであろう処置を見守る事しか出来なかった。 ジェイドが何度目かの人工呼吸を終え唇を離すと、幸鷹が咳き込むように嗚咽を洩らし、同時に口から少量の水を吐き出した。 「・・・幸鷹!!」 「幸鷹さん・・・・!」 呼びかけへの返事はない。げほげほと咽せながら水を吐き続ける幸鷹を、ジェイドはそのまま抱え上げ、立ち上がった。 「鷹通、部屋に戻りなさい」 「・・・・・・で、でも・・・・!」 見上げた先にあるジェイドの顔に、鷹通は唇が震え言葉が続けられなかった。 「幸鷹に何かあった時は・・・・私は君を許せないかもしれない・・・」 それだけ言うと、ジェイドは幸鷹を抱えたまま離れ家へ走る。ジェイドの気迫に圧倒された鷹通は、呆然と二人を見送るしかなかった。 20050130 |
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