金色の天と白銀の星



■ 金 16 ■



 あれから二ヶ月が過ぎた。
 ジェイドから『天の総督』としての知識をみっちりと教え込まれた鷹通は、今日、星の都より使わされたこの大きな船へ乗り込む。もう、この天の館に戻る事はないであろう。そう思うと、僅かな期間であったが、情が移るとでも言おうか物淋しい気がする。館の人間は『幸鷹』との別れに涙ながらに出航を見守り、手を振った。
 波風に揺られながら、鷹通は甲板に佇む男に声を掛ける。
「ジェイド、頼久は・・・・」
「頃合を見て、星の都へ・・・無理の効く状態ではないから、すぐには
 難しいかもしれないが、ね」
「お願いします」
 周囲に聴こえないように、鷹通達は小声で会話を交わした。
「本当に、私と一緒に星の都に留まってはくれないのですか?」
 ジェイドから話された後、鷹通は何度この質問をしたか判らない。
「今の君は、立派な天の提督だ・・・」
 だが、ジェイドの答えもまた何度でも同じであった。あちらで鷹通の生活が落ち着いたら、すぐに天の都へ帰る決心をジェイドは変えなかった。幸鷹の願いが叶ったら、満足なのだと。
 幸鷹の死後、鷹通はジェイドが今までよりも無口になったように感じた。時々、鷹通の中に幸鷹の面影を見るのか、ぼぅっとする事も多く、何かに囚われたように塞ぎこみ瞑想に耽る姿も屡であった。
 ジェイドの手助けがない事は不安だったが、この環境から離れたいと思うジェイドの気持ちが理解できない訳でもない。鷹通はもうこれきり言うまいと思った。
「これで、少し二つの都も静かになるでしょうか・・・」
「そうだね・・・・だが、のんびりはしていられない・・・後任に引き
 継ぐ事も山のようにあるのでね」
 『幸鷹』が正式に星の都へ入る時から、天の総督の地位は後継者へと渡されることになっていた。
 次期総督―幸鷹の義弟である譲は、まだ十六歳である。
 幸鷹とは半分しか血が繋がっておらず、愛人の子だったため、最近まで母元で育った。譲を館へ迎え入れる事を、彼の異父兄だけが最後まで反対していたようだが、母親にしてみれば愛人という肩身狭い立場から解放されるという思いがあるのだろう、二つ返事で今回の事を了承したという。
 一ヶ月前、譲が初めて天の館に来た時は、気丈で感情的な子だと鷹通は感じたが、よくよく話してみれば、自分の弱さを隠そうとして突っ張っているだけの少年である。物の覚えや発言から思えば頭は悪くない子だから、すぐにこの環境に馴染めるだろう。
 そもそも、最初は譲を星の都へやろうという意見も多かったのだが、幼すぎる事や、政治的な繋がりの面でも彼では役不足だという結果、幸鷹が行く事に落ち着いた。和平さえ成れば、後任の総督をゆっくりと育てられるというものである。
 そして、譲が総督の地位に着くと同時に、ジェイドは側近を辞し館を出ると決めているようだ。自分の後任も早々に決めているらしい。
「これがね、なかなかに情けない男でね」
 ジェイドが選んだ景時は、代々藤原の執事を務めている一族の出であった。知略に長け、器用な男ではあるのだが、今ひとつ度胸に欠ける。以前、星の総督の側近に一喝され、オロオロしながら戻って来たという話からして、ジェイドの見解に間違いはなさそうだ。
 譲にまで、初めて会ったその日のうちに「何なんだ、あの人は・・・」と小さく溜息を漏らされたとか漏らされなかったとか。
 その話を聞いて、
「なんと言うか、譲君らしいというか、景時さんらしいというか」
鷹通はくすくすと笑みを零した。
「・・・・・・・・・・・・・」
 またジェイドが何かを考え込むように無言になる。
 鷹通はその場をそっと離れると、反対側のデッキへと歩いて行った。
 鷹通が離れて行くのを感じながら、ジェイドは手摺に両腕を預け、海面をただ黙って眺めていた。









20050201





NEXT


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送