金色の天と白銀の星



■ 絢 V ■



 滞りない夕食の席が終わる。いつもこの席には、友雅と鷹通、そして泰明とジェイドの四人が着く。稀にアクラムが同席することもあるが、殆どがこの面子であった。ジェイドと食事をするのもこれが最後だというのに、雰囲気が全く変わらないのが逆に不自然な程である。
「詩紋」
「・・・・・はい、何でしょうか?」
 友雅は扉付近に控えていた詩紋に声を掛ける。周囲に聴こえない程度の声でなにやら囁くと、詩紋は少し不思議そうに首を傾げながら、畏まりました、と軽く一礼した。
「内緒だからね」
 その言葉だけは鷹通の耳に届いたが、然程気にもせずに食堂を後にした。

「幸鷹さん、湯殿の用意が出来ました」
「ありがとうございます」
 鷹通は湯殿まで歩きながら、夜にはジェイドのところへ行き、きちんと話をしようと思っていた。
 自分がここでいつまでも幸鷹の身代わりを続ける訳にはいかないと思ったからである。いつか本当の事を友雅にも話し、二つの都の和平が完全なものになった時に、そして自分と頼久に掛けられた誤解が解けた時に、『幸鷹』としての役目から解放して貰いたい、と。
 そんな事を考えながら、衣服を脱ぎ浴槽まで近付くと、その様子がいつもと違う事に気付いた。何かが浮かんでいる。
「・・・・・・・・・・・・・これは・・・」
 湯に浮かべられているのは、色取り取りの花であった。溢れんばかりの花々が湯に浸されて、甘い香りを醸し出す。
 不思議に思いながら指先で花をかき分けると、その下にはいつもと同じ透明な湯が見える。こういうものなのだろうかと微妙に納得しながら、足を湯につけたその時、
「お気に召されたかい?」
聴こえた声に驚いて振り返った先には、友雅が楽しそうに腕を組んでこちらを見ていた。裸の鷹通とは違って、衣服は着たままであったが。
「・・・・・友雅殿!」
 思わず鷹通は湯船に飛び込んだ。
「どうしてここに・・・!」
「自分の家にいてはいけないのかい?」
「そういう事ではなくて・・・」
「・・・意味なら、君が一番よく知っていると思うのだけどね?」
 いつもの優しい微笑みとは違う何かを含んだ表情に、鷹通の背に微かに悪寒が走った。後で思えば、それはジェイドと重なった微笑だった。
 一歩、友雅がこちらに近付くと、鷹通は湯船の縁から離れる。中央まで花を掻き分け移動するが、向こうはそれをまるで気にしないようにこちらへ歩んで来る。
「・・・出て行ってください」
「どうして?」
 そう言いながら友雅は衣服のまま、ぽちゃんと湯船に足をつけた。
「さっきも言ったけど・・・」
 友雅は膝上まで湯に浸かりながら、ゆっくりと近付く。
「意味は、君が一番よく知っているだろう?」
 湯がどんどん衣服に滲みて、友雅の衣服が湿気を帯びて行った。
 狭い浴槽に、逃げる場所など限られている。壁際に追い詰められ、しゃがみ込んだ鷹通は、壁に手をつき自分を見下ろす友雅に険しい眼差しを向けた。
 確かに知っている。自分が幸鷹の身代わりになることの意味に、こういうことが含まれていたという事も。そして、幸鷹が死んだと知った時に、その覚悟も決めた。
 しかし、友雅は今まで一度もそんな素振りを見せなかった。だから鷹通自身も失念していたのだ。
「・・・・お願いです・・・出て行ってください・・・っ」
 いくら何でも、これは突然過ぎる。しかも、友雅らしからぬ遣り方に、鷹通は戸惑った。
「・・・友雅殿!」
 聴こえていないように、友雅は鷹通の顎に手を掛ける。
「・・・いい子だね?」
 甘い声に、ぞくっとした。
 至近に近付いた友雅の顔に、思わず見とれる自分がいる。唇が重なるまでそれに気付かず、瞬間の感触に驚いた。
 湯船が波立つ程暴れたが、それ以上の力で押さえ込まれる。
 もう何が何だか判らなくなるような、痛みと、熱さと、快楽が入り混じる。
 どれが原因なのか、咽ぶような花の香りの中でいつしか意識が飛ばされた。









20050211





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