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■ 絢 [ ■ 「見知りの者か?」 再び泰明が尋ねるが、鷹通は認知も否定もできなかった。確かに、この人物を知っていた。しかし、あまりに以前の面影は薄れ、まるで人形のようにぼぅっとした瞳で鷹通を眺めている。 しかも、解せない言葉を口走った。 貴方は、私を、知っているのか 「確かに、ここまで天の総督に生き写しな人間を、確認もなしに罪人と 同じ牢に放り込めまい」 友雅はそう言いながら、侵入者に近付いた。すぐ目の前に腰下ろし、その表情を伺う。 眼鏡がないからか、薄暗い室内で目を顰めながら、友雅の顔を確認する幸鷹を、鷹通は心臓が喉から飛び出しそうな思いで見つめる。 「翡翠」 「・・・・ひすい?」 ぼそりと呟いた幸鷹の言葉を、友雅は復唱した。 「翡翠・・・すまない、私は・・・・・」 苦しそうな顔で友雅の腕に指を伸ばす幸鷹に、 「どなたかと、お間違えではないのかな?」 友雅は、困ったね、と苦笑いする。 「違う・・・?翡翠では、ない?」 それを見た幸鷹は、伸ばし掛けた手をすぅっと引いた。 「君の、名前は?」 困惑する表情の侵入者に、友雅はやんわりとした口調で訪ねた。 「・・・覚えて、いない・・・・・・」 幸鷹の答えに、鷹通は冷えた息を吸い込んだ。喉が、カラカラに渇いて、粘膜が張り付くような気がした。 「・・・翡翠は、私の名を・・・『鷹通』と教えてくれた」 「・・・・・・・・・・!」 そんなはずはない。 「そんな、貴方は・・・ッ・・・」 「幸鷹殿?」 思わず口から真実が飛び出しそうになるのを、鷹通はぐっと飲み込む。 「お前の名は鷹通と言うのか」 泰明の問いにも、わからない、と幸鷹は首を降った。 「お前の所属は、職業は?」 「・・・天の都の、金細工師だと・・・・」 おかしい。 鷹通の脳内はいろいろな糸が激しくもつれ絡み合い、ひとつしかないはずの答えまで辿り着けない。幸鷹の中の真実は、どうしてこんなにも複雑に歪んでいるのか。 「・・・だが、どうしても・・・何かが私の中で噛み合わない気がして・・・ 何故だが、ここに・・・星の館へ行かなければと、心が騒いで・・・ 翡翠はいけないと言った・・・私は、無実の罪を被せられているから、 外へ出てはいけないと・・・」 翡翠という人物が、記憶のない幸鷹に虚偽を植え付けている。一体何のためにそんなことをしているのか、鷹通が必死で思考を巡らせていると、 「・・・・・そうか、金細工師の鷹通」 泰明が思い出したように、その名を呼ぶ。鷹通は自分が呼ばれたのかと、どきりとした。 「総督、アクラムの報告書にあった、逃走した細工師だ」 「・・・・・白虎のブローチを、偽物にすり替えた疑いのある者・・・か」 「・・・ま、待ってください!この人を捕らえるのですか?!」 押さえきれずに、鷹通の口から言葉が飛び出した。 「無論だ」 「この人は記憶を失くしているのでしょう?それなのに・・・!!」 「覚えていなければ、何をしても良いのか」 泰明の言葉は、まっすぐに鷹通を射抜いた。 「・・・・・それは・・・」 確かにその通りである。罪人を、記憶にないという理由で解放していては、治世は纏まらないことは間違いなかった。 だが、違うのだ。『鷹通』は罪は犯していない。まして、この人は『鷹通』ではない。それが真実だ。 「幸鷹殿」 頭一つ高い場所から、低いが、よく通る声が響いた。 「君は、何を知ってるの」 「・・・・いえ、何も・・・」 明らかに嘘だと、友雅には判ったに違いない。そう思いながらも、未だ鷹通は明かすことの出来ない自分に苛立った。 今は時間を稼がなければ。そして、ともかくジェイドにこの事を。そう思って、ふと、鷹通の脳裏に先程の幸鷹が思い出される。 友雅を見て、翡翠、と呼んでいた。友雅と見間違える人物、翡翠・・・それは。 鷹通の中で絡まった糸が解れ始めた。手繰り寄せる先にあるものが恐ろしいと思いながらも、それを躊躇う訳にはいかなかった。 「ともかく、真偽も確認しないうちから、罪人扱いするのはどうかと思います」 幸鷹を助けなければ。一度は手を離してしまった、この人を、今度こそ。 20050309 |
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