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■ 蒼 V ■



 背に刃先を突きつけられたまま、セフルは薄暗い廊下を歩く。左右の壁に点々と添えつけられた燭台の灯が、その背後にぞろぞろと続く黒い影を浮かび上がらせた。
「なぁ・・・」
「んだよ、天真」
「オレらさ、逆に目立ってんじゃねぇの?」
「いいじゃん、誰にもハチ合わせしてねーんだし」
 天真の懸念もどこ吹く風なようすのイノリであった。
「あの、この辺りの廊下は・・・あまり人気がないので」
 詩紋は、天真が少しでも心穏やかになるように、この辺りの様子を伝える。
「アクラム様・・・あの、総督が参謀として重用されていらっしゃる方なんですが、その方の管轄の棟で・・・」
 あまり人が出入りされるのがお嫌いみたいで、いつも静かなんです。
 主の話題に苛立ったセフルが、舌打ちしながら振り返った。
「詩紋、余計なことをべらべら喋るんじゃない!」
「お前も余計な行動は慎め」
「・・・・・・・・・っ・・」
 鼻先に頼久の剣をひた、と合わせられ、セフルは唇を噛む。
「罪人風情が・・・ただで済むと思うな・・!」
 吐き捨てるような言葉を頼久に浴びせ、再び前を向いて歩み始めた。
「頼久さんよ」
「・・・・・・・・・・」
 頼久は、天真に軽く目線だけ送って、聞いていることを促す。
「あんた、何やらかしたんだ?」
「・・・・・・何も、していない」
「じゃあ、あんたが探してるヤツが、なんかやったのか?」
「・・・・・・何もしていない」
 全て、濡れ衣だ。小さく漏らす声に、天真はふぅん?と首をかしげ、
「わかんねぇけど、まいっか」
「いいのかよ」
あっさりとした答えに、イノリがツッコミを入れる。
「あぁ、頼久は悪いヤツにゃ見えねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 な?と天真に同意を求められるが、頼久は無言だった。
「オレさ、こう見えてもいいヤツと悪いヤツの見分け方だけは、得意なんだぜ?」
「へー、どーやって見分けてんだ?」
「オレの勘」
「・・・・・・・・・・・・」
「ナンだよ、その白い眼」
「だってよ、おまえいっつも『今度の彼女は長続きするー』って言って、三ヶ月持ったの見たことねぇ」
「女と男は別なんだよ!」
「へぇ、じゃあいっそいい男でも見つけた方がいいんじゃねーの?」
「イノリ、表出ろ」
「あの、二人とも・・・あんまり大きな声だと・・・」
 たまらず詩紋が仲裁に入ると、
「・・・・・・・・・・っ・・・」
その様子に耐え兼ねた頼久が、口の端から笑いを漏らす。
「よ、頼久さん?」
 名を呼ばれ、はたと表情をしめると、
「失礼しました」
再び、いつもの無愛想な色に戻る。天真はそれを見て、にやーっと呟いた。
「んだよ、フツーに笑えんじゃん」
「・・・悪いか」
「悪かねぇよー、どうせなら」
いつもそーいう顔してた方が、いいんじゃねーの?
「・・・・・・・・・・・・・・・無理だ」
 一瞬、天真の眼には頼久がはにかんだように映る。
「もしかして、照れてやんの?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 無言を肯定の証と取った天真は、再びいやらしいまでに満面の笑みを浮かべた。
「・・・・何が言いたい」
「いやぁ、べっつに?」
 止まない微笑に、頼久は眉を顰めると、そのまま溜息を吐いた。
 微かに、セフルの背に当てた剣の切っ先が、下がる。
 その瞬間、
「・・・・・・・・っ」
セフルは身をこちらへ向けながら、一歩飛び退った。
「しまった!」
 間隔を取られた頼久は慌てて己も一歩進み出ようとするが、
「・・・・・・・・ちっ」
セフルは壁に埋め込まれた燭台から、一本の蝋燭を抜き取り、
「セフルくん、いけない!!」
詩紋の静止も聞かずに、その炎をこちらに向かって投げつけた。
「うわっ!」
 こめかみをかすめそうになったそれを、イノリは素早くよける。だが、その回転した炎は、熱を失わないまま廊下窓のカーテンへと飛火した。
 そのままセフルは一気に廊下を駆け抜けて行く。
「待て!」
 頼久が慌ててその背を追った。
「頼久!!」
 天真の声は、廊下に吸い込まれてゆく。どんどん、その背中は小さくなって。
「火が・・・っ」
 慌てて窓に近付く詩紋を、
「危ねぇ!!」
イノリは慌てて後ろから詩紋の腕を引いて、窓から離した。窓を飲み込んだ炎は、あっという間にカーテンを紅に染め、勢いを失うどころか、桟をも飲み込み硝子を溶かす。
 自分達の手ではどうしようもない処まで、一気に燃え広がった赤い波を暫し呆然と眺めていたが、ばちっと火の粉が散った瞬間、
「・・・だめ!この棟は木造です、早くここから逃げないと!!」
 詩紋は、こっちです!と天真とイノリを出口へと促した。






20050713



金色の天と白銀の星

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