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■ 金 19 ■ コンコン、と小さなノックが響く。 「どうぞ」 幸鷹は、静かに応えた。 「失礼します」 開いた扉の向こう側から、こぼれるような笑みで詩紋が顔を覗かせる。部屋の中央まで歩み寄ると、ティーセットをのせたトレイをテーブルに静かに置いた。カップをセッティングしながら幸鷹に問い掛ける。 「幸鷹さん、お加減はいかがですか?」 「えぇ、もう大丈夫です」 心配をかけましたね、とゆるりとした微笑で返され、詩紋は再び嬉しそうにはにかんだ。だが、天蓋を下ろした寝台に眼を向けると、 「総督のお加減は・・・」 爆発の破片が、かなり深く刺さっていらしたのでしょう?と、下唇を噛み締めた。 「思うよりは、回復もお速いようです」 幸鷹は、心中で中の様子を伺いながら、微かに顔を曇らせる。 「そうですか」 詩紋がほっと胸を撫で下ろすと、どうぞ、とカップに注いだ紅茶を幸鷹に勧めた。 「ありがとう」 椅子に腰掛けると、詩紋の用意したカップを手に取り口元に運ぶ。 「良い香りです」 「・・・ありがとうございます」 再び詩紋は、嬉しそうに笑みを浮かべた。 「お二人がご無事で何よりですけど・・・・実は、僕・・・ひとつだけ残念なんです」 「残念?」 「あの、幸鷹さんの・・・髪」 「・・・・・・・」 「あんなに、長くて綺麗だったのに・・・」 炎に焼けてしまったなんて。 そう言われ、幸鷹は頬にかかる髪を耳にかける。肩で切り揃えられた髪の合間を縫って、えりあしをそっと撫でた。 「致し方、ありません」 「・・・・・・・・・」 「髪を庇って命を落とす訳には、まいりませんから」 「・・・・はい」 その言葉に、偽りのない含みを感じ取った詩紋は、小さく頷く。 「それに」 紅茶を微かに咽喉に流すと、 「髪は、また伸びます」 幸鷹は吹っ切ったように満足気に微笑んだ。 「・・・・そう、ですね」 詩紋も納得したように頷いた。 「・・・あ!」 思い出したように顔を上げると、 「僕、セフルくんの様子を見に行かなきゃ!」 トレイを胸に抱えながら 「じゃあ、失礼します!」 詩紋は元気に頭を下げ、部屋を後にした。 扉が閉じたのを待っていたと言わんばかりに、天蓋の中からくすくすと声が漏れる。 「・・・・・何か?」 「いや、少々かわいそうだと思ってね」 「これも、致し方ありません」 幸鷹は椅子から立ち上がると、寝台に近付き天蓋布を捲った。 「ですが、あの子には、いつかは本当のことを話さなくてはいけないと思います」 「あの子が、自ら悟ってしまう前にね」 「・・・・ええ」 詩紋が『幸鷹』を慕っていることは、普段の様子でよく判る。しかしそれは、今の『幸鷹』を慕っていると言えないことも。 「いっそ、君が金細工師になるかい?」 「・・・・その方が、お・・・あなたは都合がいいのでは?」 「そうだね、少なくとも・・・」 寝台に横たわった顔が、 「毎朝の面倒ごとはなくなりそうだ」 己の巻髪を弄びながら、苦い笑みを浮かべた。 「あまり触らないでください」 崩れてしまったら、また巻くのが大変なのですよ、と言いながら、幸鷹は髪に触れていた総督の指を掴み、掛け布団の中に押し込んだ。 「傷は、まだ痛みますか?」 「掠り傷だよ」 「よく言います、イノリが診た時には瀕死だった人間が」 「もう治ったよ」 「嘘を仰い」 「本当に」 幸鷹の腕が、ぐいと引かれ、枕元に肩を乗せる格好になり、互いの顔が至近に迫った。 「証拠を見せようか」 耳元で、低く、囁く。 「結構です」 「遠慮せずとも」 布の合間から伸びた腕が、抱きすくめるように幸鷹を捕えた。 「離しなさい、獣」 「『総督』に向かって、酷い物言いだね」 「本当のことです」 「やはり、恐ろしいね」 私の主は。 「・・・それを選んだのは、何処の誰ですか」 「言うね」 どちらともなく、二人は唇を寄せた。 20051106 |
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