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■ 朱 W ■ 「セフルくん」 詩紋が顔を覗かせると、 「詩紋!!」 セフルは嬉しそうに、ベッドから跳ね上がり、詩紋に駆け寄った。 「ダメだよ、ちゃんと寝てないと」 「だって、待ってたんだ」 ねぇ、持ってきた?とまるで本当に小さな子供のように、セフルは両手を詩紋に差し出す。 「はい」 ペーパーナフキンに包まれたそれを、セフルは嬉しそうに受け取ると、そっと手の中で開く。 「わぁ・・・」 香ばしい香りに包まれたクッキーを、眼を輝かせて見詰めると、 「食べてもいい?」 恐る恐る、小首を傾げる。 「イノリ君は、なんて言ってたの?」 「食べたら、歯をみがけって」 「ちゃんと守れるなら、いいよ」 微笑む詩紋を見ると、 「ありがとう!!」 嬉しそうに包みの一つを口に放り込んだ。 「・・・・・・・・・・」 あの炎の中、セフルは脱出を拒んだと聞く。半ば、友雅が強引に抱えるように連れ出したのだが、散々暴れた後、まるで魂が吸い取られたように眠りに落ちた。 そして目覚めた時には、ここ十年程度の記憶の節々が抜け落ちていたのだ。と、言うよりも、覚えていることの方が少ない。 「・・・おいしい?」 「うん!」 そんなセフルを見ていると、詩紋はこれでよかったのかもしれないと思えてしまう。 良いはずはない。 忘れる事が、必ずしも良いとは、どうしても詩紋には納得がいかなかった。それでも、もしも戦火に巻き込まれずに、平穏に暮らすことが出来たのならば、セフルはこうやって微笑んでいたに違いない。 それでも、何もかもが記憶に甦って来た時。 「じゃあ、次はケーキを焼いてこようか?」 「わぁ!詩紋、だいすき!」 その時こそ、自分が支えてあげられるのだろうか。 そんなことを考えながら、詩紋は微笑み返した。 20051107 |
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