金色の天と白銀の星



■ 金 X ■



「・・・・・・ここは、一体・・・?」
「まぁ落ち着きなさい」
 ようやく動くようになった身体を寝台から持ち上げると、開口一
番に口にした言葉をあっさりと翻された。
「どう落ち着けと・・・?貴方は一体何者ですか?私をどうしよう
と・・・?」
「そんなに一度に聞かれては、何処から答えて良いのか困るんだがね」
 肩にかかった髪をさらりと払いのけながら、男はくすくすと微笑
んだ。
「私は、そうだね・・・ジェイドと呼ばれているよ。君は、私の主
 が招待したいと言ったのでお連れ申 し上げたんだが」
「・・・・・主・・・?」
「ここは、藤原の館だ」
「・・・ふじ、わら・・・?」
 どこかで聞いたことのある名前であったが、鷹通にはすぐに思い
出すことは出来なかった。まだ少し意識がはっきりとしていないか
らかもしれなかった。
「・・・『天の都の総督』、という方がお馴染みかな?」
「・・・・・天の都・・・?!」
 聞いたことがある筈だ。天の都の総督を代々継ぐ一族の名である。
「天の都の・・総督が、何故・・・?」
「それは、本人の口から聞かれるが良いと思うよ」
 ジェイドは手招きしながら扉へと向かって歩き出す。鷹通は一瞬
迷ったが、覚束無い足取りで寝台を降りその後をついて行くことに
した。ここでこうしていても仕方が無い。少しでも今の自分の状況
を把握することが最優先だと判断したのだ。
 廊下に出ると、その広さに圧倒される。長い、長い通路の両壁に
は無数に別の部屋へと続く扉が並んでいた。ジェイドを見失ったら
間違いなく迷うと思うと、鷹通は小走りにその背中を追った。
「・・・・あぁ、主の肖像画だ」
 ふいにジェイドが顎で指し示した方に目線が釣られる。扉の一つ
が開け放たれ、その突き当たりの壁に、恐らく鷹通の背丈の倍はあ
ると思われるような大きな画が飾られてあった。
「・・・・・・・・・・・・・!」
 言葉を失った。
 その画の中で微笑むでもなく、横髪を肩の上で切り揃え、後髪を
きっちりと結い、意思の強そうな眼差しを向ける顔はあまりに鷹通
と瓜二つである。
「さぁ、行こうか・・・お待ちかねだからね」
 呆然とする鷹通を促すようにジェイドはその場を離れた。未だ何
度もその画を振り返りながら、ジェイドの後を追う。
 大きな館だとは思うが、不思議なことに誰一人と擦れ違うことも
なかった。それを奇妙に思って周囲を眺めていると、
「ここは離れ家だからね、人払いしてあるから私達以外が誰もいな
い・・・何のお構いも出来なくて申し訳ないがね・・・」
「・・・・・い、いえ・・・お気遣いなく・・・」
考えを読まれ、鷹通はどきりとすると同時に、この男の読みの鋭さ
に微かな恐怖を感じた。

 長い廊下のようやく突き当たりまでやってくると、
「ここだよ」
そう言いながらジェイドがその扉をノックする様を、息を呑んで見
守った。
 入りなさい、と小さいが凛とした声が響く。音も無く開いた扉の
中に、ジェイドは自分より先に鷹通の入室を促した。きゅっと唇を
結ぶと、一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
 広い、広い部屋。白塗りの家具に、きめ細かい作業の施された
レースのカーテン。天蓋付きの大きな寝台は、裕に五人くらいは眠
れるであろう。豪奢な造りなのに、何故だか冷たい雰囲気を感じた。
まるで人の温かみを感じない機械のような部屋に見える。
 寝台の横に、こちらに背を向けた車椅子がぽつんと佇んでいた。
車椅子の主は背筋を伸ばし、窓の外を眺めているようであった。
「お連れしましたよ」
 ジェイドのその一言が均衡を破るように、車椅子がゆっくりとこ
ちらを向いた。
「・・・世話をかけました」
 先程の肖像画の顔が、口を開く。違うのは、後髪もばっさりと肩
で揃えられていることぐらいだろうか。いや、画よりも心持痩せた
ようにも見える。大きな瑠璃色のストールを首から肩にかけて巻き、
真っ直ぐな眼差しで鷹通を見詰めた。
「私は、藤原幸鷹・・・・君の名前は?」
「・・・・・・・・・・・鷹通・・・です」
 生まれながらの風格と言うのだろうか、決して命令口調ではない
のに、答えることを拒めないような威厳ある声に、鷹通はつい答え
てしまった。
「・・・・鷹通・・・君はどこの生まれですか?」
「・・・星の都で・・・生まれ育ちました・・・」
「・・・・・・・・・星の・・・そう、ですか・・・・・・・」
 幸鷹は鷹通から目線を逸らし、再び車椅子の向きを変えると窓の
外を眺めた。そのまま暫く無言の時間が流れる。夕陽が傾きかけた
茜色の空と、庭の緑が溶け合うように調和して、ゆるゆると時間が
流れた。ジェイドは、ただ黙って二人を眺めている。
「・・・あの、私を何故ここへ・・・?」
 永い、永い沈黙の後、その横顔に鷹通はくすぶっていた疑問をぶ
つけた。弾かれたように、幸鷹は目線を戻す。空を眺める瞳は虚ろ
だったが、こちらを向いた時にはもうあの肖像画のように凛とした
空気が漂っていた。
「・・・・誤魔化すのはやめて、率直に言いましょう・・・貴方に、私の
 身代わりを勤めてもらいたいのです」
「・・・・・・・・・・身代わり・・・?」
 よく意味の飲み込めない鷹通の真横に、ジェイドが微笑みを浮か
べながら並んだ。
「もうすぐ、星の都と天の都は和合を結ぶ・・・・知っているだろ
 う?」
 はい、と鷹通は頷く。何しろ、天の都への和平の証に、と捧げる
ブローチが元でトラブルに巻き込まれてしまったのだから。
「和平の証に、天の都の総督は・・・・星の総督の元に行き、養子
 縁組を結ぶのだよ」
「・・・養子・・・・」
「まぁ、体の良い人質だね」
「ジェイド」
 主に制され、ジェイドは苦笑いしながら鷹通の横から離れる。
「ふふ、恐い主殿だ」
 幸鷹の方へと足を向け、そのまま真後ろに回り込むと、車椅子を
押し鷹通のすぐ傍まで近付けた。
「・・・何故・・・・私が代わりなど務めなくても、総督はこうしてここに
 いらっしゃるではないですか?」
「・・・・・・・ご覧の通り、今の私は自分で歩くことも難しい状態です」
「ですが、総督が車椅子にお乗りだからと言って、その縁組に支障
 が出るとも・・・・・」
 一瞬、幸鷹の顔が歪んだ。だが、すぐに元の無表情の戻ると、
「・・・・・・・・・・・・・ジェイド」
小さく背後の男に促した。自らストールをゆっくりと外すと、そのまま
それをジェイドが受け取る。瑠璃色のストールの下に、幸鷹はシル
クの開襟シャツを纏っていた。上質な布目が艶やかな夕陽を映す。
「・・・・・・・・・・!」
 だが、鷹通の目線は違う処へ釘付けられていた。
 右顎の下辺りから首筋にかけて、まるでインクでも被ったような
青紫に変色した肌。襟の中まで続いていることから、恐らくその痣
は首筋に留まってはいまいと思わせた。元来色白であろう他の部分
の白さが、逆にその色を際立ててしまっている。
「・・・この痣は、胸も、腰も通り越して・・・膝まで続いています」
 幸鷹はそう呟きながら、シャツのボタンを一つ、二つ、外した。確
かに胸元まで変色した素肌が痛々しい。
「幸鷹」
 ジェイドは瑠璃色のストールを再び主の肩に乗せ、そのまま首に
ゆったりと巻きつけた。
「・・・このような姿では、星の都へ行く訳には参りません」
 自分と似た顔にこう考えるのもどうかと鷹通は思うが、確かに幸
鷹の顔立ちは美しく、故に些細な傷も大きな欠点に見えてしまう。
だが。
「・・・・・あの・・・こう申し上げては何ですが、殿方ならば
 ・・・そこまで見目を気にされる必要もないのでは・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 再び幸鷹は無言になる。まるで幸鷹を代弁するようにジェイドが
口を開いた。
「残念ながらね、そうはいかないのだよ」
「・・・・・・・・・・・?」
「貴族の性癖は・・・さすがに一般には漏れてはいないようだけどね」
「・・・・・性へ・・・?・・」
 ジェイドの言わんとしていることが良く掴めず、鷹通は首を傾げた。
「まぁ実際、幸鷹の美貌ときたら、そこら辺の貴族の令嬢にも劣ら
 ないと思うがね?」
「・・・ジェイド!」
 主の厳しい声にも、ジェイドはまるで気にすることなく微笑む。
「・・・・・・・・・あ!」
 その遣り取りで鷹通はようやく意味が飲み込める。つまり、幸鷹
は男であっても、総督の前で衣服を脱がなければいけないこともあ
るのだ。
「・・そ、それは・・・・・つまり・・・・」
「そう、セックスのお相手だね」
「・・・・・・・・・・・・・」
 露骨なジェイドの言葉に、幸鷹も鷹通も苦い顔をするが言葉には
出さなかった。
「貴族の繋がりなんて、下世話なものさ」
「・・・ジェイド、おしゃべりが過ぎます」
「ふふ、これは失礼・・・」
 それであれば幸鷹が躯の痣を気にしているのも頷ける。身代わり
が欲しくなっても仕方あるまい。そこまで考えて、鷹通はふとある
ことに気付いた。
「・・・・待ってください、私が代わりに・・・ということは・・・・・」
 幸鷹の代わりに、総督の前で自分が脱ぐということであって・・・。
「冗談じゃありません!!いくらご事情がおありでも、それは・・・!」
「まぁ、鷹通くん」
 反論をあっさりとジェイドが笑顔で塞ぐ。一瞬、鷹通はぞくっと
した。先程もこの笑顔の後で眠らされ、ここまで連れて来られたのだ。
「そんなに結論を急かなくても、どうか明日までゆっくり考えては
 くれまいか?」
「・・・・・・でも!」
「鷹通」
 幸鷹の一声が、凛と響き渡った。
「これは、私個人の問題では納まらない事なのです・・・・私がこ
 の養子縁組を断れば・・・二つの都の和平が白紙に戻る・・・・」
 その言葉に、重みをひしひしと感じる。
「それは、都人が再び戦争になるかもしれない恐怖に脅える毎日
  に・・・逆戻りするということです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「無理なお願いだと承知で言っています・・・考えては、くれませ
 んか?」
 幸鷹の言葉には、否と言わせない圧力があった。
「・・・・・・考えては、みます・・・」









20050122





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