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■ 蒼 X ■



 荷馬車は、がたがたと車輪を軋ませながら、細い坂道を下っていく。
「なぁ、本当にいいのか?」
「あぁ」
「・・・本当かよ?」
「あぁ」
「なぁ、本当にいいのか?!」
「・・・くどい!」
 頼久は振り返り、思いのほか声を荒げた。
「怒鳴るなよ」
 天真は、顔を顰めながら馬の手綱を握り直す。
「・・・・・・・・・・・」
 荷台に腰を下ろしたまま、頼久は再び黙り込んだ。

 あの大火からようやく二月が過ぎ、事態も落ち着きを見せていた。
「母国へ、帰ろうと思います」
「頼久?」
 脇腹の包帯を巻きなおしていたイノリも、思わず顔を上げた。
「おい!何言ってんだよ」
 重症の患者を、はいそうですかと送り出す医者がどこにいるってんだ、と、イノリは前髪をくしゃくしゃと掻く。
「実は、先日、兄から手紙をもらっていたのです」
 頼久に兄がいるというのも、母国が風の都であるというのも、正直、鷹通にとっては初耳であった。
 鷹通が生まれた時には、既に頼久はこの家に居た。父には、母の遠い親戚で、ある事情から預かることになっていたのだと聞いてはいた。しかし、個人の深い事情までも入り込んではいけないと教えられてきた鷹通は、頼久の生家については一切触れないようにしていたのだ。
「兄の周囲が慌しいらしく、私に手助けが出来れば、と」
「しかし、その傷では」
「本当にもう大丈夫ですから」
「おい、嘘言ってんじゃねぇ!」
「それに、兄の家は医療設備が整っておりますから」
「・・・・・・・・・・・」
 鷹通は、僅かに押し黙ると
「・・・すみません、あまりにも急で・・・どう申し上げて良いのか」
「申し訳ございません」

「ま、いいんだけどよ」
 どうにも頼久が、性急に鷹通の元を離れてきたように思えて問うたのだが、天真は仕方なしに言葉を断った。
「で、風の都のどこで降ろせばいいんだ?」
「おまえは、どこまで行くのだ」
「まずは、総督府に荷受に行くけどな」
「では、そこで」
「・・・・・・・・・・・はあ?!」
「まずいのか」
「いや、まずかぁないけど・・・おまえの兄貴って、総督府で働いてんのか?」
「・・・・まぁ、そんなものだ」
「ふうん、なのにおまえは金細工師だったのか」
 荷馬車が、がたん、と揺れる。
「・・・・・・・・・約束、だったからな」
「あ?なんか言ったか?」
「いや」

 もう、兄との誓いも、幼い頃に交わしたあの人との約束も、全て果たした。
 自分でなくとも、大きく庇護する翼がある。新たに、その約束も交わした。

 頼久は、胸中で呟くと、荷台に背を預けて、そっと眼を閉じた。






20051109



金色の天と白銀の星

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