金色の天と白銀の星



■ 金 Z ■



 コンコン、と小さくノックをする。返事も聞かないまま、がちゃ
りと扉を開けた。
「・・・・・・・・入って良いと、言いましたか?」
「薬の時間だよ」
 車椅子の主の言葉を聞いていないのか、ジェイドは室内に踏み入っ
た。手にしていた錠剤の瓶と水差しを寝台脇の小さなテーブルに置
くと、窓際に止めていた車椅子の後ろに回り込み、当たり前のよう
にそれを押して寝台の横まで運ぶ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 幸鷹はそれに反論もせず、黙ってジェイドの行動に委ねていた。
「横になる?」
「・・・・・・・・えぇ・・・」
 小さく答えが聴こえると、ジェイドは車椅子から幸鷹を横抱きに
抱え上げた。真新しいシーツに変えられた寝台に幸鷹をそっと降ろし、
横になるまで掌を背中に沿え支える。枕に頭を乗せると、羽根布団
をふわりと胸まで掛けてやり、眼鏡を幸鷹の顔からそっと外した。
ベッドの端に腰を降ろしながらそれをサイドテーブルに載せると、
代わりに薬瓶を手に取った。
「幸鷹、薬を」
 差し出された錠剤に、幸鷹は手を伸ばさず顔を背ける。
「・・・・飲みたくない」
「我が侭を言うんじゃないよ、ほら」
 もう一度差し出されるが、やはり顔を向けない。
 この病が現れ始めたのは、もう半年前のことであった。最初は右
首筋に出来た小さな玉のような紫の痣。それが見る見る間に広がり、
肩まで埋め尽くした時、幸鷹はこの離れ家に住まいを移した。館の
者に病だとは告げたが、この姿を晒すことを恐れ決して誰も離れ家
には近付けないようにし、ジェイド一人が橋渡しとなった。
 その頃には星の都へ養子に出る話が既に纏まっていたのだから、
使用人などから痣の事が漏れては厄介なことになる。それを恐れて
の行動ではあったが、逆にそれが使用人や親戚の口の端に登る心無
い話題になってしまう。だが、幸鷹はそれも承知の上で離れ家に引
きこもったのだ。あながち噂も嘘ばかりではないのだし、と自分を
納得させて。
 その後半月もすると、足に上手く力が入らず、自力での歩行が困
難になり始め、とうとう車椅子に頼らざるを得なくなったのだ。
「飲まなければ、治るものも治らないだろう?」
「原因不明なのに・・・何のための薬ですか・・・」
 この痣に、最初に気付いたのはジェイドであった。
「君のための薬だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 やはり手を伸ばそうとしない幸鷹に、やれやれと苦笑いすると、
ジェイドは水差しからコップに水を移し、自分の口に運んだ。
 ジェイドが無言になったことで、逆に不思議に思ったのか幸鷹が
ちら、と目線を動かす。それと同時に、顎をくいと持ち上げられる
と、逆らう暇を与えられず口の中に薬に放り込まれたのだった。
「・・・・・・・・・・・・!!」
 反論を塞ぐように、ジェイドの唇が幸鷹のそれに被さる。驚き、
圧し掛かる肩を拒もうとするが、今の力ではそれもままならなかった。
口内に流れ込む水が強引に喉奥に錠剤を押しやる。
「・・・・・・・・・・・・ちゃんと、飲んだね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 幸鷹は返事をせずに厳しい顔でジェイドを睨み返したが、相変わ
らず笑みを浮かべたままの男に呆れて、すぐに溜息を吐いた。
 そのまま再び目を合わせると、どちらともなく唇を寄せる。触れ
るだけの口付けを繰返していたが、少しづつそれが深くなり始めた。
微かに唇が離れた瞬間、ジェイドが堰を切ったように幸鷹の
シャツを寛げ、紫に染まった首筋に唇を注いだ。
「・・・・・・・物好きですね・・・・」
 ジェイドの頭を引き寄せながら、幸鷹は小さく呟いた。
「・・・・そうかもね」
 唇の動きを止めずに、ジェイドも小さく答えた。

 幸鷹は最初は大きな賭けに出てると言っていた。もう包み隠して
も仕方が無い、このままの自分を星の総督に晒し、そしてどうする
のか、彼に決めてもらうしかないと。ジェイドはそれを何度も反論
した。星の総督がそれに対して怒りを表せば、二つの都の均衡が崩
れる可能性を何度も示唆した。だが、幸鷹は
「切れ者だが、いい加減なところも多いと聞く・・・話せば意外に
 何とかなるかもしれない」
と、このままくすぶっていることを拒否したのだ。
 一度言い出したら聞かないことをよく知っているジェイドは、
やむを得ず幸鷹の名代として星の都の総督府へ招待状を送った。半
ば断りが入るものと予想していたのだが、それに反して承諾の旨が
届いた時には、正直驚いた。

 そんなぎりぎりの最中、鷹通を見つけたのは正に奇跡としか言い
ようがなかったのだ。

「・・・・・・・・・・っ・・・・・・」
 幸鷹の息遣いが、ジェイドの思考を現実に引き戻す。自分の髪に
絡みつく指先に口付けを繰返しながら、ジェイドの指先は幸鷹の全
身を滑っていった。

 窓から入り込む夜風が、ゆらゆらとカーテンを揺らす。









20050122





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