はじめに。

この創作は、川端康成氏の『眠れる美女』の設定をベースにさせていただいています。
悪意を持った盗作でないことを、どうぞご理解ください。
とはいえ、完全にオリジナルアレンジも加えておりますので、川端氏の作品がお好きな方にも、純粋に遥かがお好きな方にも、読みづらいものかと思います。
その場合は、どうぞ、そっとスルーしていただけると助かります。



眠る森[1]


「こちらです」
 そう言いながら、若者は私の一歩前を静かに歩んだ。
 りんと伸ばされた背筋と、流れるような足運びは、どこか舞いのような様相を匂わせる。
「何か、習っていたの」
「は?」
 私の質疑があまりに唐突であったのだろう、若者は足を止めると、首だけを軽くこちらに向ける。前髪がまるで仮面のように彼の眼を隠しているように思った。
「いや、歩き方が綺麗だと思ってね」
「・・・恐れ入ります」
 質問の答えになっていないまま、若者は再び前を向いて無言で進んでいった。
 波の音が遠くから響く。暗闇の中を、道もよく見えぬまま、車に乗せられ辿り着いた屋敷が、一体どこに建っているのか、私は判らなかった。
 古めかしい洋館、とでも言うのだろうか。壁や天井は常に清掃が行き届いた風で、僅かの汚れや埃も見つからない。外観は見ていない。しかし、建物自身は決して新しい印象はなかった。さほどの部屋数もないように見える。
 漆喰の壁に、点々と掛けられた小さな静物画は、果物であったり、花であったり。素材も作風も全くのばらばらで、その意図が掴めない。
 廊下の小窓から外を眺めると、真っ黒である。よくよく目を凝らせば、下方に、藍色に染まった水がゆらゆらと揺れているのが判った。
「ここは、海の近くなの」
「左様でございます」
 蟻も通す隙のない、ぴっちりと施錠された窓。この案内人によく似ていると思った。




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2005.07.21


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