眠る森[12] |
「今日は、少し幼いですが」 「幼い?」 「はい」 相変わらず、背筋を伸ばし、頭のぶれない歩みをする若者の背中に、私は思うよりも大きな声を上げていたらしい。 彼は振り返ると、 「先日よりも、十は幼いかと」 顔色を変えずにそう告げた。 「待って」 私は慌てて制した。 「前の子とは、違うの」 はい、と若者は頷き、再び前を見て歩き出した。 「同じ子は、いけないの」 「いえ、そうではございませんが」 何分、貴方様は急なお越しでしたので。前もってお話くだされば、都合をつけることも適いますが。 そう言われて、あぁそう、と気のない返事をしてしまった。 よく考えれば当たり前である。眠っているということは、何か特殊な薬でも服用しているのか、注射でもされているのか。どちらにしろ、何か身体に作用するものを入れているのだ。そうそう何日も続けて出来るものでもない。 土台、こういった場所には、何人も人が控えていて当たり前である。 「違っても、よろしいかと」 「何だか、浮気しているように感じるね」 「浮気?」 「そう、浮気」 「ご安心を。あちらは眠っておりますので、貴方様のことは一切存じ上げません故」 「・・・・・そう」 何だか、聞いてがっくりと気落ちした。 眠る相手を愛玩するなど、普通、真っ当な性癖と言い難い。ここは、もう己が男として機能しないと自覚のあるものだけを呼び込む館。だからこそ、お互いを知り得ないように、このような形を取るのが、最良の待遇なのだ。 だが、そう言葉にしてしまうと、何だかもの淋しいものであった。 「君は、平気なの」 「は?」 最初の日と同じに、若者は足を止めると、首だけを軽くこちらに向ける。仮面のように彼の眼を隠していた前髪が微かに乱れ、深い濃紺の瞳をちらりと見せた。 「君だったら、違っても平気なの」 「・・・・・・・・・・・・」 応えずに、前を向いて再び歩み出した。 窓が、雨に叩かれながら、がたがたと小刻みに音を立てる。まるで、幼い子供が虐められて泣いているようだな、と、少しおかしなことを私は考えた。 ■ NEXT ■
2005.07.21
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