眠る森[15]


 そう考えた途端、
「?!」
 慌てて少女の髪を、毒蛇とでも見間違えたように、私は指先から投げ捨てた。
「・・・・・・・・・・は、っ・・・」
 呼吸が乱れる。
「・・・ぁ・・・はっ・・・・」
 今、私は何を考えた?
 何を思い出した?
 頭の中が真っ白になった。
「・・・・・なに、を・・・・・・」
 心で考えていることを、口に出してしまっていることにも気付かないくらいに、私は動揺していた。
「・・・・・・・・・・・・」
 ここにいては、いけない。
 本能のように、私は枕元を見回した。小さなベルが丸盆の向こう側に、まるで今姿を現したように、置かれている。それを奪うように掴むと、チリ、チリン、チリン、と震える指先で振る。
「・・・お呼びですか?」
 ものの十秒と開けずに、案内人の若者の声が龍の向こう側から響いた。
「今日は、もう・・・帰りたいのだけど」
「今からでございますか」
「そう、今」
「何か、粗相がございましたか?」
「そうではないのだけど」
「申し訳ございませんが、今からでは無理でございます」
「何故?」
「この館には、交通機関がございません」
「では、車を呼んでくれまいか」
「恐れながら、嵐のせいで、電話線が切れてしまったようでございます」
「・・・・・・・・・・・・・」
「朝になれば、定期巡回の車が参りますので、それまでご辛抱いただけませんか」
「・・・・朝まで」
 冷や汗が、どっと吹き出た。
「すまないが、落ち着いて眠れないのだよ」
「安眠剤をお使いください」
 あれでは駄目だと、すぐに私は答えた。
「駄目、でございますか」
「以前、君に声をかけられてすぐに目が覚めてしまった。あれでは眠っても、簡単に目が覚めてしまうよ」
「そんなことは・・・あれはよく効く薬でございます」
「駄目だ」
 何の根拠かと、私は彼の言葉を否定した。
「・・・では、彼女達が眠るのに使う薬を使わせてくれまいか」
 少女は、あんなに揺すっても起きなかった。あれならば、深く眠れるに違いない。
「・・・それはなりません」
「何故?」
「お許しください、私の仕事でございます」
「ならばせめて、安眠剤をもうひとつ」
「それもなりません」
「何故?!」
 思わず言葉が荒々しくなった。若者は、先程も申しましたが、と言いきかせるように呟くと、
「よく効く薬でございます。良薬も、度を過ぎれば毒になりかねません」
「しかし」
「お願いでございます、ご無理をおっしゃらないでください」
「・・・・ではせめて、ここでない部屋で眠れまいか」
 あの少女の髪に触れていると、おかしくなってしまいそうであった。
「部屋は、他のお客様で一杯でございます」
空き部屋はございません。
「では廊下で構わない」
「海辺の寒さは、並でなく・・・暖房の効いた部屋ならばともかく、朝ともなれば、廊下では凍死されかねません」
 八方が塞がったように、周囲が暗く感じた。
「どうか、安眠剤をお飲みになって、お部屋でお眠りください」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 龍の向こう側から、気配がすぅっと消えた。
 指先が、まだ震えていた。
 一体、自分の身に何が起こっているのか、私自身もよく把握できていない。
 少年を殺した。
 殺すなどと、恐ろしい言葉が、一体何処から。しかも、私が?
 考えるだけで、呼吸が乱れ、思考も乱れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 私は震えながら、丸盆の上の移し紙を掴んだ。包みを開く指が震える。
 パラ、と微かに粉が畳の上に散った。




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2005.07.21


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