眠る森[18] |
部屋に入ると、少年は「シャワー使われますか?」と訊ねた。先に入って、と促すと、黙って頷き、バスルームへと消えていった。 あの口調。そして物腰。育ちは決して悪くない。小遣い稼ぎとも思いがたい行動である。 バスルームから出てくると、慣れた様子で、髪を拭きながら、ベッドに腰を下ろす。 「ねぇ、どこまでしていいの?」 「・・・男相手は、初めてですか?」 「そうだね」 「私は、最後まで構わないのですが・・・気持ち悪くはないですか?」 今まで、女性としかされてないのですよね? 「気持ち、悪い・・・ねぇ」 座っていた椅子から立ち上がると、少年の座るベッドの隣に腰掛け、タオルを持つ手を軽く握る。 「・・・・・・・・・・・・・」 「気持ち、悪くはないかな?」 そう言って、唇を重ねると、 「・・・・・優しく、してくださいね」 舌を差し入れられる。 間近でみた少年の瞳は、琥珀に染まり、吸い込まれそうになる。目頭に付いた眼鏡の鼻あてが微かな痕となっているのを、口付けの最中に目を開けて、気付いた。 瞬間、理性が飛んだ。 正直なところ、その先をあまり覚えていなかった。 「・・・・・本当に、男は初めてですか?」 「初めてだけれど?」 「嘘みたいですね」 少年は私の隣で腹ばいに向きを変え、くすくすと笑った。 「・・・すごく、上手でした」 「そう、どのくらい?」 私から目線を外すと、恥じらいながら少年は小さく答える。 「・・・あなたの後だと、もう他の人では・・・満足できないくらい」 「光栄だね」 私は裸のままベッドから起き上がると、煙草を取ろうと、椅子に掛けておいたジャケットの内ポケットを探った。煙草を出すのと同時に、何かが引っ掛かって、床に散った。 「・・・・・あっ」 少年が、親切心からであろう、ベッドから跳ね起きて落ちたものを拾おうとする。 「いいから」 ばらまいたものは、名刺ケースからこぼれた名刺であった。あまり人に見られたくはなかったので、制したが、間に合わなかった。 「・・・・・たち・・・」 拾い上げた名刺に書かれた名前をみなまで呼ぶ前に、少年は眼を丸くし、私と名刺を何度も見比べる。 「・・・信じられない」 「・・・・・・そう?」 まずいな、と思った。 「・・・お金持ちだったんですね」 「そうでもないよ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 少年は、黙り込んだ。 私は再びベッドに転がると、少年も隣に戻って横になった。 「・・・・あの」 「なに?」 「・・・・また、会ってくださいますか・・・?」 「・・・君を、買うの?」 少年は、恥じらいながら首を横に振った。 「ただ、会ってくだされば・・・こういうことが、お嫌ならば・・・しなくて構いませんから・・・」 「会う?ただ、会うだけ?」 「・・・・はい」 はにかんだ笑みで、私の胸に擦り寄る。 「何が、目的?」 「・・・・・・え?」 弾かれたように、胸から顔を上げる。 「お金?」 「・・・・・・・違います!」 少年は必死に顔を横に振った。 「だって、ただ会うなんて。君になんのメリットが?」 「そんな、私はただ・・・・」 「・・・ただ?」 「あなたが、雲の上の人だと思うと・・・・私など、もう歯牙にもかけていただけないのでは、と・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 私は、胸に顔を埋める少年の肩に手を置き、その体制を入れ替えた。自分の下に少年を敷く格好になる。 「・・・・たち」 私の名を言いかけた唇を、自分のそれで塞ぐ。 「・・・・・っ・・・ん」 指先を胸元に滑らせると、少年の体はビク、と震えた。はぁ、と息が上がり、胸が上下する。 「・・・・おかしい、ですか・・・・」 「なにが」 「・・・初めて、会ったばかりの・・・あなたに・・・・こん、なっ・・・」 「なに?」 「・・・・・・捨てないで、ください・・・・」 「・・・・・・」 「・・・私を・・・」 「・・・・・・」 「・・・捨て、ない・・・でっ・・・・」 目頭の眼鏡痕は、もう薄くなっていた。 「・・・・・・・ん・・っ・・・」 髪が、指先に絡みつく。 まるで、私を束縛するように、どこまでも絡みつくような気がした。 「・・・・ぁ・・・あ・・ッ・・・・」 髪が纏わり付いたままの指で、少年を貫きながら、その首を、絞めた。 ■ NEXT ■
2005.07.21
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