眠る森[3] |
「本当に起きないの」 「はい」 「声をかけても?」 「はい」 「身体を揺すっても?」 「はい」 「愛撫しても?」 「・・・はい」 「本当に、起きないの?」 「はい」 赤い絨毯の敷かれた階段を登ると、それまでの洋風が一転した。 「ここからは、履物をお脱ぎください」 生成りの壁は、まるで若い女の肌のように、しみ一つない。細い廊下の脇は吹き抜けになっており、私が歩いてきた廊下を見下ろす事が出来る。二階には突き当たりに、襖がぽつんと存在するだけで、他には扉どころか窓もなかった。 一段小上がりになった通路を、靴を脱ぎ、靴下のまま歩く。床は極端なまでに磨きこまれ、注意を払わなければ転んでしまいそうな程である。 「こちらです」 掌で指し示された襖には、左に鳳凰、右に亀のような生物に蛇が巻き付いたものが描かれている。私の目線に気付いたのであろう、 「玄武という、北方の守り神です」 そして、となりは朱雀。若者は、私の疑問を厳格そうな声で解いた。 襖を開くと、四畳もない程度の空間が開ける。その奥に、もうひとつ、襖があった。それには左に白い虎、右に青緑の龍が施されている。先程見た朱雀や玄武と、同じ絵師のものだろう。 若者は無言でその扉も開く。微かな隙間から、薄赤い光が漏れた。 半開きした襖越しに見える部屋の壁は、襖のある面を除いて三方を真紅の布で覆われていた。その眩しいばかりの光景に圧倒され、 「すごいね」 ビロード?と聞くと、はい、と案内人は小さく答え襖の脇に膝を付いて、「どうぞ」と私を中に促す。 「明日の朝、お迎えにまいります」 「何かあったら?」 「枕元にベルがございます」 「聴こえるの?」 「大丈夫でございます」 「ふうん」 「もし眠れない時には、枕元に安眠剤をご用意しております」 「そう」 「では」 案内人は、綺麗な動作で立ち上がると、 「この館のお約束だけは、違えないでいただくよう」 くれぐれも、と言い残し、玄武と朱雀の襖を外から静かに閉じた。 ■ NEXT ■
2005.07.21
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