Rebersible Man 11





 綺麗な星空だ。

 地面の冷たさが妙に心地よかったが、背中と右肩が鈍い痛みでズキズキして、感心している場合
ではない。・・・のだが、正直、身体がすぐには動かなかった。

 鷹通は、取りあえず考える。
 何かに引っ掛かったのか、グライダーが急に何かに引っ張られるように操縦が効かなくなってしまった。

 落ちる。

 そう思ったところまでは憶えている。
 重い体をゆっくりと起こすと、どこかのテラスのような造りが目に入る。
 
「お目覚めかな?」

 背後から急に聞こえた声に、鷹通は慌てて振り返った。
「・・・ッ・・・」
 が、その途端、背筋にずきりと痛みが走る。
「無理に動かない方が良いようだね」
 ゆっくりと痛みを庇いながら、振り返ると、

「立てるかい?」
小さな少女を抱きかかえた男がベランダ窓からこちらを見ていた。

「・・・・・あの・・・」
 鷹通は言葉に困った。明らかに、自分は不審者である。恐らく、グライダーから落ち、このベランダ
に放り出されたのであろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 暫しの間、互いに無言になった。
「とにかく、ここでは何だからね・・・部屋に入りなさい」
 ゆったりとまるで知人でも迎えるように促す微笑みに、鷹通は従うしかないように痛む身体を庇い
ながら立ち上がった。

 部屋に入ると、男は抱えていた少女をソファに降ろし、鷹通もソファに座るように促すと、隣の部屋
へと姿を消した。
 長い髪の愛くるしい少女は、鷹通の方をそぅっと見詰めている。
 どこかユカリに似た雰囲気を持っているが、ユカリよりも『女らしい』というのは、少し変だろうか。

 再び扉が開くと、
「とにかく、その泥だらけの顔を綺麗にした方がよさそうだ」
男は湯で湿らせたタオルを差し出した。
「・・・・・・ありがとう・・ございます」
 ごしごしと顔を擦りながら、今度は鷹通がそぅっと男の顔を伺った。
 何という美貌。
 男にそんな感想はおかしいのかもしれない。だが、綺麗に整った顔立ちと、緩い癖のついた髪は、
この男が何処か別の空間にいるのではという錯覚を起こさせる程である。
 ふふ、と男が微笑む。思わず鷹通はどきりとした。
「そんなに見詰められると、困ってしまうね」
「・・・あ、あの・・・・申し訳ありません・・・」
「お客様に、名前くらいは聞いても構わないのかな?」
「・・・・・・・あ、あの・・・・」
 鷹通は返事に困った。この男が自分の事をどういう目で見ているのかが判らないのだ。突然ベラ
ンダから現れた者を、普通は疑ったり怪しんだりするのが当然である。なのに、この飄々とした態度。
「・・・・・・・・フルネームが困るならば、どう呼べばよいのかだけでも?」
「・・・・・・・・・あの・・・鷹通・・・と言います」
「鷹通・・・・私は、そうだね・・・・友雅と言っておこうか」
「・・・はい、あの・・・・ご迷惑をおかけしています」
 余所余所しい、妙な会話である。だが、鷹通もどう言って良いのか迷っていた。
 ベランダからお邪魔してすいません。ちょっと泥棒に入ってその帰りにグライダーから落っこちまし
て、こちらのベランダにお邪魔しました。・・・などと説明することも到底出来ないのだ。

ピンポーン

 会話を遮るように音が響く。
「・・・・・こんな時間に、今度は一体どんなお客さんかな?」
 苦笑いをしながら、友雅は部屋に据え付けてあるインターホンに歩み寄った。
 画面に映る人物は、眼鏡を掛けており丁度蛍光灯の明かりでそれが反射して、よく表情が読み取
れない。
「はい」
 友雅が短く答えると、
『夜分にすみません、警察の者です』
インターホン越しに聴こえた言葉に、鷹通は一瞬はっとする。
「何か?」
『この周辺に、怪しい人物が現れなかったでしょうか?』
「怪しい人物?それはどんな?」
『・・・・・・・・・・いえ、若い男なのですが・・・お心当たりはありませんか?』
 ちら、と友雅は視線を巡らせる。
 鷹通を見、その隣に座る藤姫を見た。藤姫は、小さく首を横に振った。
「見ていませんね、第一ここは5階なのでね・・・窓から入るもの無理だろうから」
『・・・・・・・・・・そうですか・・・夜分に失礼しました、ご協力に感謝いたします』

 プツとインターホンが切れる音までも、今の鷹通には大きく耳に付いた。

「・・・・・・さて、邪魔者がいなくなったところで」
 友雅は、ゆっくりとソファに向かって歩み寄る。
「藤姫、レディは眠る時間だからね・・・部屋へ戻りなさい」
「・・・・・・・・・・・・・」
 暫く友雅の顔を眺めていたが、藤姫は何かを察したようにこくんと頷くと、立ち上がりリビングから
ぱたぱたと去って行った。

「・・・さぁて・・・・」
 藤姫の座っていた場所に、今度は友雅が腰を降ろした。
「鷹通、どうやら君は危険な橋を渡っているようだけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 カマを掛けられているのかもしれない。鷹通は安易に表情や言葉に出さないように神妙な態度で
口を結んだ。
「これは、大事なものじゃなかったのかい?」
 友雅が差し出したものに、思わず声を荒げる。
「・・・・・・・・・・・・・!・・それはッ・・」
 ミソノの創った牡丹の造花であった。
「やはり、大事なものらしいね」
「・・・・・・・・・・・・返して、いただけませんか」
「さぁ、どうしようか・・・?」
 からかうように笑う友雅に、鷹通は感情的にならないように言葉を掛ける。
「大事なものなのです・・・・お願いします」
「・・・・・・・そうだね、では・・・・」
 そう言いながら、友雅は立ち上がる。

「また明日、ここへおいで・・・その時に返してあげるから」

「・・・・・そんな!」
「鷹通」
 いつの間に名前を呼捨てられているのか、当の鷹通も今は気にしてなどいられなかった。
「君には、あまり選択の余地はないのだけれどね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 力ずくで奪い返すことも、多分出来るだろう。だが、友雅を何とかすることが出来ても、藤姫とい少
女にまでは手が回らない。今ここで再び警察がやってきたら、本当に逃げ場はなかった。

「・・・・・・わかりました」

 そう呟くと、鷹通は痛む身体を庇いながら立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。
「では、また明日・・・・今日はお騒がせしました」

 ぱたん。

 静かな空間には、やけに響いて聞こえる扉の音。
 鷹通が扉の向こうに消えると、

「・・・・・・・・・意地悪ですわ」

 玄関脇の部屋から、藤姫がぷぅと頬を膨らませながら友雅を睨んでいた。
「ふふ、君があの子を気に入ったみたいだからと思ったのだけど・・・いけなかったかい?」
「気に入ったのは、私だけではありませんわよ、ね?」
「そうかな?」
 はぐらかすように、友雅は微笑んだ。
「でも、そのお花・・・・」
 藤姫は友雅の手の中の花を興味深そうに覗き込む。
「どなたが作られたのかしら・・・・不思議な光をまとっていますわ・・・」
「・・・そうなのかい?私には見えないが・・・」
 そっと触れない程度に小さな手を花に翳すと、
「本当に、どなたが作られたのでしょう・・・・・」
藤姫は再びまじまじと覗き込んだ。

 確かに不思議な花というのは事実かもしれない。

 鷹通が不思議な光に包まれ、階下からふわりと浮いてきたのを見てしまった友雅としては、それを
否定することは出来なかった。光が、すうっと鷹通のウエストポーチに吸い込まれるのを見て、思わ
ず源を辿った先が、その造花である。

 加えて、人見知りの激しい藤姫が、何の戸惑いもなく横に座っていられるというのも、一層鷹通に
対する好奇心を擽るのだ。

「まぁ、焦らずともじっくり話すことも出来るだろうからね」

 あまり他人のものには興味などなかったが、何故だかその花をすぐに持ち主に返す気分になれな
かった。

「・・・本当に、不思議なものだ」

 友雅も掌の牡丹を愉しげに眺めた。







2004.10.02 


友サマ?

果たしてこの先
友鷹なのか友藤なのか(笑)





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