Rebersible Man 27





「送ろうか?」
「・・・結構です」
 ジェイドの申出を、幸鷹はまたもあっさりと断った。
 考えることが、今日のあの数時間で一気に倍増してしまった。普通の人間よりも回転は速いであろ
う幸鷹の思考でさえも、どこから整理を付けてよいのか思いあぐねていた。
 自分の模索に集中しているのか、何時の間にか真横に並んで歩いているジェイドを、幸鷹は気に
も留めなかった。

「信じられない?」
 ジェイドは徐に尋ねる。
「・・・・・・・そうではありません」
 もう陽は傾き始め、微かに茜色に空が染まり始めている。
 今日は、午後から署に帰って溜まった書類に眼を通そうと思っていたことをふと思い出すが、
すぅっと流れてしまっていた。
「理屈としては、考えられない世界ではない・・・非現実的ではありますが・・・」
「物証がここまで揃っては、否定は出来ない・・・というところかな?」
「・・・・・・そうですね」
 鏡の世界。
 そういえば、この男も『向こう』から来た人間なのだった、と思い出したように幸鷹は訊ねた。
「あなたは、こちらに来ることに戸惑いはなかったのですか?」
 急に質問され、一瞬驚くが、すぐに何時もの微笑みでジェイドはそうだね、と返す。
「ないわけではない、だけど・・・・」
「だけど?」
 答えを急く幸鷹を見ると、思わずふふ、と笑みが洩れた。
「面白そうじゃないか、知らない場所に行くというのは」
「面白い・・・重大な使命を負っているのにですか?」
「言っただろう?好んでやっていたわけではないと」
「しかし、周囲はあなたを頼って送り出したのでしょう?」
 こうやって幸鷹はいつも探求して行くのだろう。これがこの若者の力であり、逆に枷でもあるのだろ
う、とジェイドは思う。もちろん、ここでそれを口にはしないが。
「皆がどう思おうが、知ったことじゃない・・・私は私のやりたいようにやるだけだからね」
 その言葉に、幸鷹は驚き声を上げた。
「それは間違っている!あなたはあの世界での重要な責務を軽んじている!」
「・・・・重要?それはどういう意味?」
 こちら方を見ることなく微笑んだままのジェイドの横顔。幸鷹にとって真面目な話を茶化されている
ようで、あまり良い気分ではなかった。その上、この返事。
「どういう意味も何も、あなたは仮にも立場ある人間でしょう?」
「だから言っているよ、好きで負った使命ではないと」
「自分の役目に好き嫌いを交えるなど・・・!」
 幸鷹の言葉に、ふぅんと言いながらジェイドは少し鬱陶しそうに前髪をかき上げる。
「・・・では刑事さん、君は『白虎』になれるの?」
 ちら、と横目で幸鷹を見遣りながら、ジェイドはくす、と微笑んだ。
「な・・・それとこれとどういう関係があるのですか?!」
 いきなり棚上げされていた筈の問題を落とされ、幸鷹は益々苛立つ。
「同じ話ではないのかい?」
「同じも何も・・・白虎になるということは、私の仕事を否定しなければならないという事で・・・」
 そこまで言いかけて、幸鷹は言葉に詰まった。
「それは君の事情だ」
「・・・・・・・・・・・・っ・・・」
 その通りだった。
 鷹通に取っては、自分の世界が何より大切なのだ。幸鷹の都合は、また別の話である。
「鷹通はね、本当に今の立場が性に合っているのだよ・・・あれが生きる糧と言っても良い。だから、
 神子のためにあんなに必死になる・・・それが今の鷹通の総てだからね」
 駅前のスクランブルは信号待ちの人々でざわめきに満ちていた。だが、ジェイドの声だけが妙に
澄んで聞こえる。
「だから、それが他に迷惑かもしれないと思い悩みながらも、あの男は本懐のために手を尽くすだろ
 う。正直、あの正義感に何度となく振り回されたのだけど・・・本人も悪気がないのだから、無下に
 も出来ないんだが」
 ジェイドの言葉に耳を傾けながら、幸鷹は少し恥ずかしい気分になってきた。
「それに比べて、どうも私は何かに縛られるのが苦手な性分でね・・・と言うよりも、他人のことがどう
 でもいいのだよ、皆は悲しいことだと言うがね」
「・・・・・・・・・すみません」
 ジェイドの事情を、自分は知らない。世界が違うのだ。
 自分が生きてきた世界だけでも意見の相違で衝突することがあるのに、違う世界の人間に同じ価
値観を押し付けようとしていた自分の狭量に、思わず口から謝罪が出ていた。

「ふふ・・・なにやら可笑しな気分だ」
「・・・・・・・何がですか?」
「こう素直になられると、違う人間と話しているようで」
「・・・・・・・・では、さっきのは取り消します」
 むっとして前を向く幸鷹を見ながら、ジェイドはくすくすと笑みを漏らした。

 あの話だけで、自分の言わんとしているところを悟ってしまった幸鷹に、ジェイドは正直驚いてい
た。頭の回転は速いが、育ちの良いお坊っちゃんであろう若者に他人の価値観など、と見縊ってい
たのだ。

「まったく、本当に・・・・たまらないな」

「・・・・・・・・・何がですか」
 それには答えず、くすくすと笑ってジェイドは再び髪をかき上げた。
 そのまま笑みがふ、と止む。

「本気で、君を撮ってみたくなった」

「まだそういう・・・」
 ジェイドの方に向きなおって、文句を付けようとした瞬間に、
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
カメラを向けられていることに気付き、驚く。

「・・・・・・一枚だけだから」

 ジェイドの口元が笑っていないことに、幸鷹は言葉を失くした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 幸鷹はそのまま又正面を向き直って、目線を逸らす。
 返事がないことが、許可なのだろうとジェイドは勝手に解釈することにした。

 カシャ、と小さな音が幸鷹の耳に届いた。

 信号が青に変わり、周囲の人々が一斉に動き出す。
「・・・ありがとう」
「・・・・・・・・・・いえ・・・」
 一言だけ答えると、幸鷹はそのまま人の波と一緒に歩き出した。

「・・・・・・・・・・・本当に、参った」
 ジェイドは小さく呟くと、その背中を見送った。





2004.10.15


参った・・・
私のが参ったよ!!どーにかしてくれ!(爆)







NEXT

ウインドゥを閉じてください

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送