Rebersible Man 31





 改札を通り抜けると、少しばかり肌寒い空気に幸鷹は眉を顰める。
 昨日、予定を完全に外されたおかげで、溜めに溜めた書類に終われ、気付くとまた終電に飛び乗
るはめになった。
 タクシーが処狭しと並ぶロータリーを抜け、マンションまでの道程を何かを思いながら歩んで行く。
 ポケットの中に手を入れ、当たった紙切れをそっと取り出した。
 酷く折れ曲がった名刺。
 普段の幸鷹からは考えられないことであった。いつもならば、受け取った名刺はすぐその場で名
刺ケースに入れ、時間がある時に綺麗に仕分けている。
 だが、これは受け取ったのではなく、いつの間にかポケットに捻じ込まれたものなのだ。それに気
付かなかったことが悔しくて、わざとポケットに突っ込んだままで持ち歩いた。警視正という立場であ
りながら現場を動き回るので、無論、ポケットの中身は簡単にくしゃくしゃになってしまう。
 半ば、それが判っていながらなかなかポケットから出さずにいた。
 ふう、と小さく溜息を吐き、その紙切れを眺めた。だが、
「・・・・百聞は一見にしかず」
ぽつりと呟くと、反対のポケットから携帯電話を取り出し、名刺の番号をゆっくりと押す。

プルルルル、プルルルル・・・

 何回かコールが鳴るが、応答がない。
 よく考えれば夜中である。相手が出なくても文句は言えなかった。諦めながら、ディスプレイを見詰
めると、終話ボタンに指を掛けた。その瞬間、
『・・・はい』
 低い声がスピーカーから洩れた。
 慌てて耳を当て、繋がっているか確かめた。
『・・・もしもし?』
 間違いない。再び聴こえた声に安堵しながら、多少の不安を込めて返事を返す。
「・・・・・・・・・もしもし・・」

『・・・驚いたね、電話をもらえるとは思っていなかったよ・・・刑事さん』

 相変わらず、茶化すような物言いだと幸鷹は思った。

「・・・・・・こんな時間に、すいません・・・今、大丈夫ですか?」
『構わないよ、どうせ仕事しているのだからね』
「・・・こんな時間なのにですか?」
『そういう君こそ、こんな時間まで?』
 一瞬、それに答えそうになるが、
「・・・・・・今は、私の話ではありません」
慌てて言葉を切り替えた。
 いつもこの男は話を逸らす。肝心な話が上手く出来ない気がして、幸鷹は眉を顰めた。
『おや、じゃあ私を心配してくれているのかな?優しいねぇ』
「ふざけているなら、切ります」
 まただ。そう思って心で舌打ちする。
『ふふ、まぁそう慌てなくても良いだろう?・・・それに』
「・・・・・・・?」
『夜の誘いは嫌いじゃない』
「切ります」
『冗談だよ』
「・・・・・・・・・・・」
 思わず溜息が洩れる。
 こういう会話は、幸鷹はかなり苦手であった。別に恋愛経験がない訳ではない。だが、軽々しく口
に出せる性格ではないのだ。それをこの男はまるで明日の天気のようにさらりと流してしまう。
『用件を聞こうかな?』
 幸鷹の戸惑いを察したのか、携帯の向こう側で自ら話題を切り出して来た。少しほっとした幸鷹
は、本題を告げた。
「・・・・・・・・・・確認したいのです・・・・」
 そこまで言って、何だか急に気恥ずかしく感じる。こういう話を電話でするのは、この男の悪戯心を
仰ぐだけではないのだろうか。
『・・・・・・で、何を?』
「・・・・・・・・その、どのくらい、信頼すればよいのですか?」
『なんの話?』
「・・・その、カメラに力を回収するには・・・です」
『どのくらい、ねぇ・・・?』
 その危惧が的中しているのを確認するような返事しか戻ってこない。 
『そうだね・・・君が私のヌードモデルが出来るくらいかな?』
「ヌ・・・?!それは出来ません!!」
『冗談だよ』
 完全にからかわれていることに、段々腹が立ってくる。折角こちらが真剣に力になろうと思っている
のに、気分を害される一方である。 向こうで必死で笑いを噛み殺しているのだろう、携帯から空気
が震える音がした。
「・・・・・・・・・・本当に切ります」
『私にも判らないのだよ』
 その返答に、幸鷹はいよいよ怒りが込み上げて来た。
「まだ冗談を言いますか?」
 だが、
『本当さ』
そう答えた声が、意外と真剣な色を含んでいたのを感じ、再び耳を傾けた。
 こんなケースは初めてで、力が完全な時と全く勝手が違うこの状態では、回収能力の目安を図り
かねている旨を伝えられる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 確かにそうであろう。今まで出来たことが急に出来なくなったのだ。もし自分が同じ立場だったら、
とにかくどこまで出来るかを試すしかないと思うであろう。
『刑事さん』
 考え込み始めたところで声を掛けられ、幸鷹ははっと我に返った。
「・・・・・・何ですか?」
『百聞は一見にしかず、だと思わないかい?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その瞬間、幸鷹は気付いた。
 確かに、真剣味の足りない男だと思う。だが奇妙なことに、価値観が自分と同じラインにあるの
だ。軽口を叩いてはいるが、出す結果は正しい。
 許せない部分は山のようだが、確かにその通りなのだ。ここで論議していても、答えは出ない。

「・・・・・・休暇が決まったら、連絡します」
『承知したよ』
 姦計にはまったでもないか、と感じたが。
「・・・では、また・・・」
『刑事さん?』
 幸鷹は慌てて耳を戻す。
「・・・・・・・?・・・何ですか?」
『・・・・・本気で、君を撮っていいのかな?』
 いつになく、真剣な声にびく、と指先が震えた。
「・・・・・・・・・今まではふざけて撮ろうと思っていたんですか?」 
 ここで自分がはぐらかさなくては、その動揺を感付かれてしまいそうであった。
『・・・さぁ、どうだろね?』
 だが、携帯の向こうは既にいつもの口調に戻っている。
 馬鹿にされたような気がしてじわじわと腹が立ってきた。
「・・・・・切ります!」
 幸鷹は捨て台詞のように怒鳴ると、終話ボタンをぐっと押し電源を切ってしまった。そのまま地面
に叩き付けたかったが、携帯を握った手を浮かさないように必死で理性が抑える。
 ようやく手が止まると、完全に冷静さを欠いている自分が恥ずかしくなって来た。何事も的確に判
断することを心がけているにも関わらず、あの男には振り回されっぱなしである。

 ふぅ、と何度目かの溜息を吐くと、
「・・・・・・・ばかばかしい・・・」
眼鏡を外し、夜空を仰ぎ見た。







2004.11.28


おぉ!!
リバ、地白虎と同い年になりました(笑)







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